インターネット時代の憂鬱 | ||
1年ほど前に、某商社系のITベンダーがWebサイト上でPCの販売価格198,000円を入力ミスで19、800円と表示し、それがインターネットを通じて激安情報としてまたたく間に広まって注文が殺到した。会社側は翌日に気がついてすぐに修正し、修正後に注文した約1000人に注文の取下げを要請したものの抗議が殺到し、やむなく1500台をその価格で売ることにしたが、それによる損失は2億7000万円に上るという。 担当者の単純な入力ミスが引き起こした、この”事件”について皆さんはどう思いますか? もちろん、入力ミスをした担当者やそれをチェックできなかった組織体制が一番問題であるが、最終的に安値で売った会社の判断は正しかったかどうか。 この場合、会社はどちらに転んでも損害は免れなかったと考えられるが、おそらく実害がはっきりしている安売りを選んだのだ,と思う。もし、抵抗していればインターネットを通じてあらゆる誹謗中傷が行われ、2億7000万円くらいでは済まない、目に見えないダメージがあるかもしれない、という恐れを抱いたのだと思われる。たしかに、いまの世間の風潮から考えるとその恐れは大いに考えられる。そういう意味では当座の判断としては正しかったかもしれない。しかし今後このようなことが起きたときの対処としては、この会社はきわめて悪い前例を作ってしまった。つまり、数を頼んだゴリ押しとゴネ得の助長である。 この事件の問題点は、誤りを訂正したにもかかわらず、それが受け入れられず、逆に抗議を受けることになったことである。多勢の圧力に負けたのだが、その本質はインターネットの負の部分と最近蔓延する妙な消費者権利意識である。 インターネットの時代になって、情報が一瞬のうちに、地球規模で伝達されるようになった。したがって、今回のように誤報が一気に広まって取り返しがつかなくなる状態となるケースはたくさんある。インターネットの負の側面である。 もうひとつは、今回はミスであることが表明されたときに、「ミスならしようがない」とならずに、「ミスにしてもそれを撤回するのはけしからん」となってしまったことである。つまり、ミスそのものがたまたま「実売の一割価格」という、めったにない有利な話であったために、千人もが飛びついたものだが、それが既得権となってしまい、撤回したことがけしからん、となっているのである。そして、会社側の注文取消し要請に抗議し、結局ゴネ得を通してしまった。会社はミスに乗じてつけこまれたのである。 企業体に対するインターネットからの攻撃としては数年前の”東芝事件”に端を発する。 この場合はPCの修理をめぐってひとりの消費者が苦情を寄せたところ、会社側の対応が適切でなかったことから、その人物はインターネット上に非難の文章を書き込んだ。これに呼応して多くの賛同者が東芝に対して誹謗中傷を行い、マスメディアがこれを大々的に報道した、というもので、最終的には経営者レベルが謝罪するかたちで収まったが、最初の人物はいわゆるクレーマーといわれるクレームの常習者であったことがあとで報道された。 この事件は、インターネットというものが世論を左右することの怖さをあらためて教えた。これはインターネットを通じて不特定多数の一般大衆が数を頼んで世論を形成し、マスメディアがこれを報道することでさらに認知が広まり、一種の世論操作ができることを示したのである。 最近は変な権利意識が横行していて、多勢の消費者が企業に対して圧力をかけると、企業側が折れるというケースがある。場合によってはインターネットが加担して大きな勢力を作り出していると思われるが、これなどはインターネットの誤用である。 企業側としても、信用が失われることやブランドに傷がつくことを恐れてこのような場合に徹底的に論争することを避ける傾向にある。 このように、インターネットをめぐっては、その急速な普及によっていろいろな面で便利になった反面、誤用や悪用によるさまざまな問題が起きている。 インターネット時代の憂鬱である。 インターネットの悪用のうちでも、上述のように掲示板サイトなどに大量の悪意ある書き込みをして意識的に一種の世論操作を行うことや、迷惑メールやウィルスのばらまきによってインフラそのものを攻撃するような行為は社会的に大きな損害を与える。 現実に、掲示板サイトなどには、自分は安全圏にいながら顔が見えないことを利用して、特定企業や個人を標的にした無責任な書き込みが日常茶飯事に行われている。 すべてが悪意あるものとは言えないにしても、顔が見えない気易さで群集心理がはたらくのだろうか、その書き込みの数は膨大である。数の論理でゆがんだ世論が形成されてしまう危険は十分にある。 残念ながらこの世界に性善説は通用しない。インターネットの向こう側にはよからぬ人間がごまんといることを前提とした使い方が必要である。 米国では、スパム・メールは、単なる“やっかいなもの”ではなくなっている。スパム・メールにより、企業は1年当たり数百万ドルの損害を被っているという。放っておけば日本でも同じようなことになるだろう。 これに対し、米国ではスパム行為に対するスパム対策法案が可決され、施行寸前の状態になっているが、米国一国だけの話ではなく、地球規模で対策を講じる必要がある。 |
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(注) | この法案は2003年12月16日ブッシュ大統領が署名したが、Yahoo、AOL、eBay 各社は歓迎の意向を示しているが、メールマーケティングのTargetX社はこの法案での罰則は効き目がないだろうとしている。 | |
インターネットが世界共通のインフラとしてここまで普及してしまった以上、もう後戻りはできない。 これまではひたすらテクノロジー先行で進歩してきたが、今後は人間系を第一に考えてゆかねばならない。法規制も大事だが、それ以前の社会道徳的な面をどうやって維持して行くのか、きわめて難しい課題である。しかし、これができなければインターネットの将来は暗澹たるのものになってしまう。 最近の報道では、冒頭にあげた商社系ITベンダーはこの事件が一因で存亡の危機に陥っているそうである。ちょっとした間違いと、その対応を誤ると取り返しのつかない状態になる典型例になってしまった。このような落とし穴はどこにでもある。これを他山の石として、少なくとも社内からこの種の間違いを起こさないよう厳重に注意しなければならない。 基本的には内規の見直しとコンプライアンスの徹底だろう。(2004.11.21) |