悲劇の第九惑星

冥王星の立場がなくなってしまった。国際天文学連合の総会で新しく制定された惑星の定義から外れて資格剥奪ということに決定した。これからは地位が一ランク下がって矮惑星(わいわくせい)という天体群に降格だという。この”降格人事”を巡って世界中が沸いている。とりわけ米国では米国人によって初めて発見された惑星とあって思い入れが強いらしく、今回の決定には落胆の声が大きいという。

もともとこの騒ぎは、新しく3つの天体を惑星に昇格させて12個の惑星にするという提案から始まった。それらは、2003年に発見されて冥王星より大きなサイズであるため、第十惑星と話題となった”2003UB313”という星、小惑星帯の最大の星である”セレス(ケレス)”、および冥王星の最大衛星である”カロン”であるという。ところが、そもそも惑星の定義が明確になっていないことから論議を呼び、新しい定義を制定することとなった。その結果、12個の惑星案は否決されたばかりか、冥王星までが新定義から外れてしまったのである。そうなると太陽系惑星は8個となるわけで、天文学上歴史的な決定となったのである。

ただ、降格といっても冥王星の名前はそのままだし、これでなにか悪いことが起きるわけでもない。にもかかわらずこれだけ大きく世間の耳目を集めているのは、太陽系の九つの惑星の存在は不変の概念として定着していたからだろう。世界中の誰でもが知っている「水金地火木土天海冥」である。たしかに、新惑星が発見されて数が増えることは予想がつくにしても、これまで不変と思っていた九惑星が八惑星になる、などということは一般人にとっては予想もしなかった話である。

冥王星は、ほかの8つの惑星の軌道が同じ平面上にあって太陽を中心に同心円を描いているのに対して、17度傾いた超楕円形の軌道上を回っている。このため、軌道の一部は海王星の軌道内に食い込んでいて、そこを通っているときは「水金地火木土天冥海」となってしまうのである。しかも大きさも月より小さいという異端児である。そのため発見当時、これを惑星とするにあたっては相当もめたそうである。それ以後の冥王星は、ことあるごとにその出自に疑惑の目を向けられてきた、かわいそうな星なのである。そして76年経って、今回とうとうのっぴきならない悲劇が起きてしまった。

しかし、そんな天文学者たちの仕打ちとは裏腹に、冥王星の名は意外に知られている。一番遠い太陽系の果てにあって、冥界(死者の世界)の王である「プルート」の名前がつけられた。あまりに遠くてほとんど見えないところからそのように命名されたのだろうが、まさにピッタリである。「冥王星」の名称は日本人によってつけられたというが、中国でもそのまま使っているという。

プルートの名前はさらに、ウォルト・ディズニーが冥王星発見に因んで漫画のキャラクター(犬)に使ったことから一躍有名になった。また、松本零士作のSF「宇宙戦艦ヤマト」の冥王星会戦というシリーズでは太陽系外の異星人が地球を攻撃するという荒唐無稽な話で、その前線基地が冥王星付近という設定になっているらしい。これなどは遠くて暗い、神秘的な空間がそのような舞台にピッタリなのだろう。冥王星は実体がよくわからないだけに利用されやすいのか、逆に他の惑星よりも一般によく知られているような気がする。

これで、惑星は8個となってしまうが、社会的影響としては、教科書や天文学図書の書き換えや博物館の展示の変更などがあるとされている。天文学連合では今回の決定をするにあたって、いたずらに惑星の数を増やすことによる社会的な影響も考えるべきだ、との意見もあり、最終的に冥王星を犠牲にして数を増やすことを止めたといわれる。実は新たに加えようとしていた3つの天体と同じような天体はあと40以上もあるというのである。もし、これらが順次惑星とされていったら「水金地・・・・」どころではなくなる。まずは賢明な判断だったのだろう。

この出来事によって世界中の人々がいっときでも宇宙に目を向けたことはよかった。冥王星は惑星でなくなるが、その名は悲劇の第九惑星として、むしろますます輝くかもしれない。
(2006.08.29)