小泉時代の終焉

小泉純一郎首相がまもなく任期を終えてその座を退く。

それ以前の首相交代のほとんどが、なんらかの”事件”によって退陣するという、本人の本意ではない、つまり”いやいやながら”であった。だからその終末の支持率は急落し、本人の評価もボロボロになって惨憺たる状態になるのが通例であった。

それに対し、小泉さんは当初から任期を全うしたら辞めるということを明言していた。しかもそこには何の含みもなく、まっ正直でいささかのブレもなかった。周辺やマスコミなどが、続投の意志をなんとか引き出そうとしたがすべて徒労に終わった。

今現在の小泉支持率は60%を超えるという。これで小泉さんは国民の半数以上に惜しまれながら辞めるという花道ができたことになる。
小泉首相誕生は、きちんとしたルールに則って行われた。自民党総裁選で勝ち抜き、堂々と首相に選ばれたのである。前首相のように前々首相の死去により転がり込んだ座ではない。小泉さんは無派閥で一匹オオカミ的存在ではあったが、その信条は、つねに一本筋が通っていて、決めたことは決して曲げないということだった。2001年の就任当時には非常に新鮮で頼もしく映った。これまでにない新しいタイプの総理大臣が登場したという期待感でいっぱいだった。そのときの支持率は88%だったというから驚く。

いまから考えればあのとき、自民党員はよくぞ小泉総裁を選んだと思う。それまでの自民党の行く末に危機を感じて、改革を実現できる人を選出したのである。その後の自民党の変わりようは周知のとおりである。それにひきかえ、野党のふがいなさは到底論評するに値しない。

小泉さんの政治は単純にいうと、国民がそれまで「おかしいな」と思っていた多くのことを改革し、排除したことである。とくに大きいのは派閥をことごとく壊してドン臭い旧態依然とした体制にメスをいれたことで、これによって政界を牛耳っていた多くの胡散臭い人間どもを退場させた。そしてライフワークともいうべき郵政民営化のように、特定の人間やグループの特権をなくし、民間でできることはどんどん民間に移して公務員を減らす、などというわかりやすい政策を主軸にすえた。当然利権をもつ人間は反対し抵抗し、参院での法案否決までに至ったが、即座に衆院解散に討ってでて郵政選挙と位置づけた総選挙で圧倒的な国民の支持をとりつけた。また、靖国参拝に至っては最後の最後まで自説を曲げなかったが、これは参拝そのものより中韓による内政干渉を退けることが主眼であったように思える。このようなことからも、いかに信念の強固な首相だったかがわかる。

一国の首相が周りからとやかく言われてころころ態度を変えたり、方策を変更することは本来あり得べきことではない。ところが、過去の首相にはそんなことがいくらでもあって、いわゆる外圧に弱いヘッピリ首相時代が長く続いた。

しかしそれでも、その間に日本の経済は大きく成長し、世界第二の経済大国となった。これは民間ががんばったからで、政治はなんの努力もせずにぬるま湯に浸かっていたのである。経済は一流だが政治は三流といわれていたのもその表れである。1990年代になって、景気は過熱しバブルがはじけると、そのつけが一挙にまわって、その後10年以上にわたって日本経済は低迷が続く。民間はもろにそのつけを被った。倒産やリストラの嵐が吹き荒れ、失職や給料ダウンなどで不景気が実感としていきわたった。金融機関の不良債権も限界に達して金融崩壊寸前まできていた。一方で政官といえば相変わらずの景気対策の公共事業くらいしか手が打てず、財政は悪化し、でたらめな天下りによる特殊法人の肥大と放漫経営などいたるところで問題を引き起こした。

小泉首相はこんなさなかに登場した。郵政を柱とする行政改革を掲げ、財政再建に真っ向から取り組んだ。公共事業を抑制し、道路公団の放漫経営にメスをいれ、金融機関の不良債権処理には厳しい条件つきで公的資金を投入するなど思い切った施策をおこなった。政策や施策もさることながら、そのリーダーシップはそれまでの首相にない強力なものだった。そのリーダーシップと決断によって何回かの危機を乗り越えた。危機のたびにそれを回避する方策を打ち、下がった支持率を急回復させた。ご本人は「運がよかった」と言っている。たしかにそれはあると言える。しかし、運も実力のうちである。そういう人にはマイナスをプラスに変える能力があるのではないか。

小泉時代の5年半の間ほど総理大臣の一挙手一投足がよくわかった時代はない。これはマスコミをうまく利用したからで、逆にマスコミは完全に手玉に取られていた。しかし、その結果において、たとえ100%でなくとも首相の様子や毎日何を考えているかがよく見えた。その意味では首相が身近な存在となって、国民が政治に関心を持つようになった明るい時代だったように思う。

1942年生まれの同年代のよしみで、いささか褒めすぎたかもしれない。もちろん小泉さんだって5年半の間すべてが上手くいったわけではない。おかしい、と思うことも多々あったし、残された問題もある。しかし要所要所ではきちんとツボを押さえていた。そのため、全体から見ると近年にない非常に存在感のあるいい首相だったな、と私は評価しているのである。できれば続投してもらいたいくらいである。

しかし、小泉さんにとって5年半にわたる首相在任はたんなる人生のひと駒にすぎないのだろう。やるべきことはやったので引退する、というきわめてわかりやすく潔い生き方と思える。とかく私利私欲にしがみついて晩節を汚す人間が多いこの世の中でなんともすがすがしい。
注目される首相退任後の去就はまだまったくわからない。マスコミからは退任後の取材申し込みが殺到しているといわれるが、すべて拒否だそうである。いかにも、と思わせる。

ともあれ来週、9月25日をもって小泉時代は終わる。
ほんとうにご苦労さまでした。

(2006.09.19)