芸備線走破の旅 2014.05.21~22

田植えを終わったばかりの水田が鏡のように美しい(塩町→神杉)
JR西日本の芸備線は伯備線の備中神代(びっちゅうこうじろ)駅から広島県北部の中国山地を西進し、三次(みよし)駅を通って広島駅に至る、全長159.1kmのローカル線中のローカル線である。そんな鉄道に乗ろうと思い立ったのは、名にし負うローカル度であることへの興味と、沿線の東城という町に我が家のルーツがあることによる。
先祖は宝暦年間(1700年代)あたりからこの地にあって、この地方の産業であった、「たたら製鉄」を家業としていたと伝承されている。砂鉄を原料とする「たたら製鉄」でできる鋼は良質で、玉鋼といって日本刀の材料とされたという。その後、江戸末期から明治にかけての曽祖父の代にはその産業も廃れて、製鉄家業もやめたらしい。しかし、詳細な情報はなく、本当のところはよくわからない。また、この地の千手寺というお寺には先祖代々の墓地があって、古い墓石も残っている。祖父の代に東京に移ったために、曽祖父の代以降の遺骨を横浜の総持寺に移した。いまは総持寺が菩提寺となっているものの、東城の墓地はそのままの姿で残っており、毎年地元の人に頼んで掃除をしてもらっている。しかし、いつまでもこのような状態にしておくこともできず、そろそろ整理することを決意しなければならない時期にきている。そんなわけで墓地の様子を見にゆくことと、役場に行って先祖の情報の片鱗なりとも探せないかとの期待をもってはるばる芸備線に乗りに行ったのである。

東城には、これまで2回ほど行った。最初は新大阪駅から中国高速バスで4時間かけて行った。2回目は家族を連れて福山駅からレンタカーで訪れたので、今回は鉄道で行くことにしたのである。そして芸備線全線を走破することも大きな目的であった。いずれにしても、東京からは遠く不便な場所なので、全線を乗り通すとなれば、綿密に計画しなければならない。東城に1泊する前提で芸備線のダイヤを調べてみると、運転される列車は極端に少ないうえに、全線を通しで運転される列車はなく、3区間を乗り継ぐのである。つまり、伯備線の新見駅→備後落合駅→三次駅→広島駅の各区間の列車を組み合わせるのだが、利用可能な列車の組み合わせはは2本しかない。したがって、新見→広島を決め、それに合わせて東京→新見および広島→東京を決めることになる。そこで、空路で岡山にはいり、山陽本線・伯備線・芸備線を乗り継いで広島に出て空路で東京に帰ってくる、というルートになった。

 羽田空港  08:00発  JAL1681
 岡山空港  09:20着
 09:40発  リムジンバス
 岡山  10:10着
 11:05発  やくも9号
 新見  12:07着
 13:00発  443D
 東城(泊)  13:35着
 05:46発  441D
 備後落合  06:34着
 06:40発  351D
 三次  08:06着
 09:03発  1859D
 広島  10:50着
 13:00発  リムジンバス
 広島空港  13:45着
 15:10発  JAL1608
 羽田空港  16:30着
このような行程は乗り継ぎが頻繁にあるので、どこかで事故があると全体が大幅に狂うリスクがある。とくに東城-三次間は、備後落合での乗り継ぎが6分の余裕しかない。そのため、万一遅れた時には約2時間半後の列車に乗ってその後の乗り継ぎもずらす予備の行程を考えておいた。ところが心配は現実となった。その備後落合駅の手前で車両故障が起きたのである。幸い数分後に復旧し無事に乗り継ぎができたが、一時はヒヤヒヤものだった。また、広島空港では羽田空港の雷雨のため、搭乗機が到着せず、45分ほどの遅れとなった。これは最後の行程で遅れても支障はなかったが、スケジュールは余裕を持って作ることと、万一の場合の代替えを考えておく必要があることが裏付けられた形だ。



岡山駅
岡山駅は山陽本線・山陽新幹線に津山線・吉備線・宇野線が接続しており、さらに宇野線経由で瀬戸大橋を渡って四国へつながる本四備讃線の列車が多数発着している。また、倉敷・伯備線経由で山陰本線の出雲市駅を結ぶ特急「やくも」が毎日15往復運転されている。陰陽連絡列車として智頭急行・因美線経由の特急「スーパーはくと」と並ぶ人気列車だ。芸備線方面へは伯備線の新見駅で乗り換えとなる。
中央出口にある列車発着案内表示盤。まっすぐ行くと中央出口。この表示盤は後方にある乗り場の案内をしているのだが、ちょっと不思議。
JR西日本の105系(左)と213系電車 117系電車 いずれも国鉄時代の車両だ。

JR四国からの乗り入れ車 快速「マリンライナー」高松行き 5100系  

JR四国 特急「しおかぜ」松山行き 8000系

土佐くろしお鉄道所有の2000系特急型気動車 特急「南風」高知行き アンパンマン塗装

特急「やくも」出雲市行き 381系 出雲市方の先頭車両は展望席つきグリーン車

岡山駅新見駅
岡山駅を発車した「やくも」はしばらく山陽本線を走り、倉敷駅の手前で海側から山陽本線をオーバークロスして山側に移る。倉敷駅に停車ののち伯備線にはいり、右に曲がって山陽本線と別れると岡山県の西部を北上する。伯備線は倉敷駅と伯耆大山駅をむすぶ陰陽連絡の代表的路線だ。
「やくも」は1日15往復も運転されているが、出雲大社に鉄道で行くには一番便利なのだ。出雲大社へは東京からの寝台特急「サンライズ出雲」もあるが、空路でも東京-出雲空港を大型機で5往復の便が飛んでいる。それだけ参詣者が多いのだろう。
列車は高梁川に沿って北上し、やがて姫新線と合流して新見駅に至るのだが、姫新線の合流地点は車窓からは確認できなかった。

新見駅東城駅
伯備線と姫新線の接続駅。芸備線の列車はすべて当駅発着となる。

新見駅を出雲市に向けて発車する「やくも9号」 381系 岡山寄り先頭車両は高運転台型
新見駅の駅舎
ホームは2面4線
1番線:芸備線東城・三次方面
2番線:姫新線津山方面
3番線:伯備線岡山方面
4番線:伯備線米子方面
岡山と新見間の区間列車
213系

いろいろ写りこんで見づらいが、新見発は備後落合行き3本、東城行き3本の計6本しか運転されない。

やがて、13:00発の芸備線備後落合行き列車が入線してきた。岡山気動車区所属のキハ120系の単行だ。

貴重な日中の運転とあって、かなりの乗客が集まっていてほぼ満席となった。それなりに利用されているのだ。

備中神代駅 芸備線の起点駅 2面3線のホームで右が芸備線、左2線の伯備線は電化されている。
伯備線と別れる。
車両最後部から写す。
のどかな田園地帯を走り抜ける。

東城駅に到着

東城の町並み 右下に東城駅が見える。
旧東城町は比婆郡下にあったが、平成の大合併の施策により、2005年に庄原市に組み込まれ、比婆郡も消滅した。人口は1万人強で、広島県北東部地域では最大。

東城駅備後落合駅
翌日、一番列車で出立して広島に向かう。この旅のハイライトだ。一番列車は5時46分発。町は朝霧に包まれていた。

早朝の東城駅 人っ子ひとりいない。静かだ。

ホームは対面式で、以前は反対側のホームも使われていたらしいが、先で線路が途切れている。

新見方面を見ると反対側線路の信号は生きているようだ。レールもそれほど錆びていないので、ときどきはなんらかの車両がはいってくるのかもしれない。
跨線橋は老朽化のため使用禁止になっている。
ホーム上にはかつて芸備線を走っていた急行「やまのゆ」の自由席乗車位置が残っている。

やがて霧の中を接近してくる一番列車

新見駅5時18分発の快速備後落合ゆき。 快速は途中の矢神駅だけに停車後、東城駅まで通過する。この先備後落合駅までは各駅停車となる。
早速乗り込むと、先客はひとりだけ。
ほとんどが無人駅であるのと、ワンマン運転のため、路線バスと同じような運賃徴収システムになっている。後のドアから乗って整理券をとり、降りるときに電光料金表をみて運賃を確かめ、運転席横の料金箱に整理券とともにお金を入れる。
東城を過ぎるといよいよ山間部に入って行く。急カーブや急勾配が多いため速度制限区間が多く、ノロノロ運転が続く。この地点では半径200mのカーブで15km/hの速度制限がかかっている。
(東城→備後八幡)
25‰の上り坂にさしかかる。
(備後八幡→内名)
小奴可(おぬか)駅
かつては2面2線のホームであったことがわかる。

ようやく備後落合駅が見えてくる。乗り継ぎの三次ゆき列車が待っている。ところが、ここでいきなり非常信号を感知して列車は急停車。エンジンも止まってしまった。運転士が車上電話で連絡をとっていたが結局6分間ほど停車して、やっと入線した。

備後落合駅は木次線との合流駅で秘境駅として知られているが、奥出雲オロチ号なる観光列車が木次線から来るようになってにぎわうようになったという。ホームは2面3線で、右が木次線、中が芸備線三次方面、左が新見方面となっている。リレーする両列車がミラーに写っている。

備後落合駅三次駅

バトンタッチして三次駅に向かう、下関総合車両所広島支所所属のキハ120系
備後落合を発車すると、木次線が分かれてゆく。ここからしばらくは、また山間部で速度制限の多い区間だ。
備後落合駅から乗ってきた高校生。座った途端に眠りだした。時刻は6:44。毎日このように通学しているのだろうが、大変なことだ。
備後西城駅
高校生たちが待っている。
ここでほぼ満席となった。
平地に出て軽やかに走る。
(備後西城→平子)
高(たか)駅付近で霧が出てきた。

濃霧の田んぼを走る。幻想的な風景。(高→備後庄原)
備後庄原駅
ここで多くの高校生が降りて行った。県立庄原高校の生徒たちか。

備後庄原駅で上り備後落合行きと交換。やはり高校生で混んでいるようだ。

登校中の小学生。ちゃんと右側通行を守ってなんとも微笑ましい。備後三日市付近を走る車窓から瞬撮。

塩町駅手前で福塩線(福山-塩町)と合流する。福塩線の列車はそのまま芸備線に乗り入れて三次駅まで直通する。多くは府中-三次の運転となるようだ。

神杉駅で上り備後庄原行きと交換。 窓ガラスの汚れがひどい!全体に広島支所所属の車両はきたない。

三次駅に接近。

三次駅は三江線(三次-江津)の起点。ホームは2面3線。右が三江線、左が芸備線2線となっている。先方で右に曲がって行くのが三江線。

三次-広島間は運転本数も多くなり、快速運転もある。快速「みよしライナー」広島行き3両編成。

福塩線の府中まで乗り入れる車両。
三次駅発列車時刻表
芸備線広島方面は比較的運転本数は多いが、ほかはまったくの過疎路線だ。朝方6・7時台と夕方16・17時台の運転は高校生の登下校に配慮したものだろう。

三次駅広島駅

広島までの最後の区間はこれまでのキハ120系に代わって重量級のキハ47系が主力だ。やってきたのは、黄色(広島色)↑と元は国鉄色の朱色であったのが色褪せた↓混成列車だ。

三次を過ぎると風景はだんだん家並みが多くなって町っぽくなってくる。そして運転本数が多いこともあって行き違い交換も増えてくる。
吉田口駅
なんとなく、画像がクリアでないのは窓ガラスがよごれているせい。以下同様。
志和口駅
安芸矢口駅
矢賀駅

とうとう広島駅に10:50着! 東城から5時間、新見から5時間半。ここに芸備線の走破を達成した。

広島駅8番ホーム

芸備線は東京から見て遥かかなたの鉄道だが、実際に乗ってみてローカル度はかなりのものであることは認識した。しかし、歴史は古く自動車社会になる以前には優等列車が走ったりしていたと聞く。やはり地域の足として支持されていたのだろう。おそらくウチの先祖も利用していたはずだ。余談だが、私の母方の祖母が母の婚約者、すなわち私の父の係累を調べに神戸からはるばる東城を訪れて墓参りをしてきた、という話がある。昭和15年くらいのころだが、いったいどうやって東城まで行ったのかと思うが、その当時のほうが今よりもずっと多くの列車が運転されていたに違いない。案外楽に行けたのではないかと考えている。
芸備線の沿線は山あり、谷あり、田園ありで車窓風景としては優れていると思う。極端な過疎運転のため途中下車してゆっくりできないのが残念だが、それでものんびり走る単行の気動車に揺られての旅は十分満喫できた。

 
広島電鉄の路面電車
広島市の路面電車は公営交通ではなく、広島電鉄(広電)という私鉄が運営している。広島駅の南口には広電のターミナルがあり、各方面への電車が集結している。車両も新旧が入り混じって走っている。

市内電車ターミナル

旧型の800形

5000形

5100形

1000形
・広島電鉄動画
・鉄道総合ページ