上信電鉄 富岡製糸場・貫前神社 2014.10.25
2014年6月にユネスコの世界遺産に登録された「富岡製糸場」によって、にわかに脚光を浴びている群馬県富岡市だが、連日見物客が押し寄せて引きもきらないという。当然その足となる地元の鉄道である上信電鉄もそれなりの恩恵を受けているのだろう。そして、高崎駅までのJR各線も同様だろう。
上信電鉄と言えば、車体に地元名産の蒟蒻の派手な広告を張り付けた電車がJR高崎駅の端っこのほうに停まっているのを以前から高崎を通るたびに見ていた。一度乗りに来ようと思っていたが、富岡製糸場の世界遺産でチャンスが来た。そこで喜びに沸く現地に行くことになったものの、当方としては、電車に乗るのが主目的で世界遺産は時間があれば。。。という程度で、富岡製糸場には申し訳ないが、まことに不純な動機で出かけたのである。

東京駅
東京から高崎まで行くには在来線の高崎線と上越・長野新幹線の二通りがある。コストはかかるが東京駅から50分で到達する新幹線を利用するのが順当だ。この日は運のいいことに来年3月に開業する北陸新幹線用のE7系電車に乗ることができた。この車両は「あさま号」として先行運用されているのだが、来年3月以降は金沢まで直行する「かがやき号」や「はくたか号」などとして運行するという。E7系は12両編成で普通車10両とグリーン車およびグランクラス車両を1両ずつ組み込んでいる。車内は普通車でも座席の足元は広く、従来の車両よりゆったりしており、乗り心地は最新の車両のせいもあって静粛で上々であった。

東京駅21番ホームに進入するE7系 

上信電鉄上信線
上信電鉄の路線は高崎駅と下仁田駅33.7kmの上信線のみである。その歴史は古く、1897年(明治30年)に全通し、関東の地方民鉄では最古で全国でも伊予鉄道に次いで2番目という。現在は駅数20、全線電化で単線。

高崎駅に停車中の最新鋭の7000形車両。このホームの左側にはJR在来各線(八高線・高崎線・信越線・上越線・両毛線)のホームが並ぶ。


2005年当時に見かけた上信電鉄の電車。「蒟蒻畑」(マンナンライフ)のにぎやかな広告塗装が目立つ。
車両は150形第1編成で、現在も現役として活躍している。

新装なった上州富岡駅 3代目駅舎として2014年3月17日に供用開始となった。外国人のデザイナーによるものという。当然ながら富岡製糸場を意識したデザインとしたのだろうが、ずいぶんと超現代風の駅舎となり、いささか日本離れしている。しかし最近は駅舎というと土産物売り場や飲食店を入れた駅ビルタイプとすることが多いので、そうしたものを排してすっきりとした姿は効果的かもしれない。
その結果、新駅舎はブルネル賞(鉄道関連の国際デザイン・コンペティション)とグッドデザイン賞(日本デザイン振興会;Gマーク)のダブル受賞をしたそうだ。

この電車に乗って下仁田へ向かう

(動画のスタートボタンを押してください)

上州富岡を過ぎるとガラガラに空いた。車両最後部を写す。
ワンマン仕様なので、料金箱や料金表が設置されている。
無人駅での乗降は最前部のドアで運転士が扱う。
前方を写す。
乗客が前の車両に多いのは出口が最前部のためだろう。
直線区間を快走するが上下左右の揺れの大きさはかなりのものだ。とくに縦揺れがひどいのは他社線ではあまり経験がない。保線の問題だろう。
(上州七日市-上州一ノ宮)

下仁田駅ホーム 頭端式1面2線構造 左端の側線に古い貨車が留置されている

下仁田駅駅舎 古い時代の面影をそのまま残している 「関東の駅百選認定駅」とのこと。

下仁田駅周辺 下仁田はこんにゃく、下仁田ネギのほか、かつ丼が名物らしい。この常盤館で、かつ丼と、さしみこんにゃくなどの御膳を食したがおいしかった。横の路地をはいると中央通り商店街に至るそうだ。

上信電鉄の車両
上信電鉄の車両はオリジナル車両のほか西武鉄道からの譲渡車が多い。オリジナル車は1981年に6000系電車を新製して以来途絶えており、その間西武からの譲渡車両で賄われてきた。2012年になって自社オリジナルの電車を導入することが決まり、7000形電車が新製された。
上信電鉄では広告塗装された電車が目立つ。多くは地元の企業広告だが、さまざまなデザインの広告をまとった電車が走っている。
また、オリジナル車の旧型車両は運転席が進行方向の右側にあるのも大きな特徴である。西武鉄道からの譲渡車は左運転席なので、運転席の異なる2種類の車両が混在していることになる。これは1973年まで使われていたタブレット交換式の信号であった時代の名残りといわれる。
たしかに考えてみれば、タブレットの受け渡しは運転席から行うのが効率的で、常に運転席側にホームがあるのが理想的だ。単線線区の交換駅では線路が分岐して上下線に分かれるが、駅のホームの配置によっては運転席側にホームが来ないこともある。日本では複線での通行は左側なので、ホームの配置が対向式(それぞれの線路に向かい合ったホームがあるタイプ)なら車両の左側、島式(ひとつのホームの両側に線路があるタイプ)であれば右側にホームが来る。
そこで、上信電鉄では島式ホームが多いため運転席を右側に置いている、というのが有力な説である。左側のホームのときはどうするか?単純に運転士が左側に行ってタブレットの交換をすればよい。現在は自動信号のためこのような問題はまったくない。因みに日本では通常、鉄道車両の運転席は左側に置かれているのは左側通行のためなどと言われるが、諸説あって定かではない。

7000形電車 上信電鉄による31年ぶりのオリジナル車両で、2013年に運行を開始した。VVVFインバータ制御やボルスタレス台車など同社初の装備をもつ。運転席は左側となっている。

250形(左)と150形第2編成電車
250形は上信電鉄オリジナルの車両で、1981年に導入された。運転席が右側にあるタイプ。広告塗装は地元で蒟蒻食品を製造販売しているヨコオ食品。
150形第2編成は1968年西武鉄道所沢車両工場製というから、車齢46年の古参だ。その後、1994年に上信電鉄に移籍した。広告は群馬サファリパーク。

500形第1編成 元西武101系で1979年製造、2004年に上信電鉄に譲渡された。広告塗装はされていないが、世界遺産登録のヘッドマークを付けている。

500形第2編成 製造年は第1編成と同じだが、2005年に譲渡された。広告はマンナンライフ。(赤津信号所にて)

富岡製糸場
正式には、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」というのだそうだ。2014年6月に登録された。養蚕から製糸・絹織物といった絹産業の歴史的文化遺産が世界遺産として認定された。
ここ製糸場では繭から生糸を取り出して絹糸を生産するのが役割で、そのための施設が並んでいる。繭倉庫・乾燥場・操糸場などが主なもので、女工館・検査人館・寄宿舎・社宅などの付属施設がとりまいている。製糸場はすでに、国指定史跡と国指定重要文化財にもなっている。


正門 正面の建物は東繭倉庫。予想通りの混雑だ。

西繭倉庫

乾燥場(繭を乾燥させることと、繭のなかの蛹を殺すための施設) 建物が2014年2月の大雪によって半壊の被害を受けた。現在そのままにしてある。

このあと、最も見ごたえのあるはずの操糸場(繭から生糸を取る工場)の見学は大混雑のため断念。

貫前神社(ぬきさきじんじゃ)
上州一ノ宮駅近くにある神社

正式には「一之宮貫前神社」という。
総門脇に掲げられた縁起によると
・祭神:経津主神(ふつぬしのかみ)-建国の功神、軍神、物部氏祖神-女神とされる
      姫大神(ひめおおかみ)-当地方の守護神、養蚕機織りの神
・創建:安閑天皇元年(531)に物部姓磯部氏により蓬が丘菖蒲谷に祀られる
・社殿:徳川三代将軍家光公による寛永12年(1653)の造営 総漆塗り極彩色の建造物
      本殿・拝殿・桜門は国指定重要文化財
・式年遷宮:12年毎に行われる

いまから1400年前に創建された古い神社だが、きわめて特徴的な境内となっている。それは、参道からいったん総門まで石段を上り、総門をくぐったところから急な石段を下った先に社殿がある、という配置となっている。このような配置を「下り宮」と呼ぶそうだ。

総門 先に社殿の屋根が見えている

社殿への下り石段 怖いくらいの急傾斜だ 正面は桜門(重要文化財)でその背後に拝殿と本殿がある

拝殿 極彩色の装飾が見事だ

華麗な造りの拝殿と本殿(後方) いずれも重要文化財











本殿屋根の千木(ちぎ)

先端が水平となっているのは主神が女神であることをあらわす










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