小田急2010
小田急電鉄は東京の新宿から神奈川県の箱根および江ノ島方面に路線を伸ばす大手私鉄である。新宿−小田原間の小田原線82.5kmと、相模大野と片瀬江ノ島をむすぶ江ノ島線27.6km、および新百合ヶ丘−唐木田間10.6kmの多摩線の3路線がある。

小田急といえば混雑する通勤電車のイメージが強い。なにしろいつ乗っても混んでいて、かつては新宿駅で行列の一番前に並んでいても座れないことがあるといわれた。ドアが開くとたんにどっと押し込むので先頭にいても弾き飛ばされて座れないのである。私自身もそんな経験をした。当時の乗客のマナーの悪さもあっただろうし、いまのように整列乗車の習慣が根付いていなかったこともある。小田急だけではなくどこの鉄道でも同じだった。小田急は長距離通勤客が多いのでなんとか座って帰ろうとするのだろう。そのために座席の争奪戦が激しかったのかもしれない。

さらに小田急の泣き所は追い越しの設備が不備のため、特急や急行といった優等列車が朝のラッシュ時にはノロノロ運転を強いられることだった。とくに新宿から向ヶ丘遊園あたりまでの区間では追い越しできる駅が少なく、列車の増発にしたがってこの区間のノロノロ運転は年々ひどくなるいっぽうだったのである。この解決には複々線化がもっとも有効なわけで、小田急は1989年に和泉多摩川−喜多見間の複々線化・連続立体交差工事に着手し、以降工事を進めて2010年2月現在、梅ヶ丘まで完成し、さらに東北沢までの工事を続行している。和泉多摩川と登戸の間の多摩川橋梁も複々線として新たに架け替えられた。

着工以来20年の歳月をかけた大工事だったが、当然ながら沿線住民の反対運動も起こり、小田急訴訟として注目された。最終的に住民側が敗訴したが、住民側からすれば恐らくこの事業による被害に比べてメリットは少ないと思われる。輸送力増強とはすなわち、遠方の利用者の利便を優先することだからだ。それによってもたらされる高架化の日照問題や騒音・振動などの被害は線路際の住民にとっては受け入れ難いことは当然である。このような既存線路の改良工事というのは沿線地元との調整にきわめて長い時間がかかることが一般的で、工事が長引く主因となっているという。さらに補償金や解決金などによって工事のコストが大幅に増えることも多いのである。

とはいえ、大都市などでの列車種別が複雑で、かつ過密なダイヤをさばくには複々線が切り札なのである。複々線になると、優等列車用の線路と各駅停車用の線路が上下線それぞれに並んで敷かれる。したがって、その区間では優等列車と各駅停車が分離されるので、優等列車も各駅停車もそれぞれのペースで走らせることができる。そのため退避駅で2本も3本もの特急や急行に追い抜かれるようなことはなくなり、優等列車が停まらない駅の利用者にとっても非常に便利になるのである。理想的には全線にわたって複々線になっていれば良いのだが、そうも行かず過密な区間に限られている。

そして小田急において特筆すべきは、なんといってもロマンスカーである。箱根という一大観光地を抱えることから、1949年から特急列車を運転していた。1957年に登場した3000形によって特急ロマンスカーの時代が始まり、その後次々に進化した車両が登場し、現在の最新車両の60000形は8代目である。因みに各車両には形式番号とともに以下のように愛称がつけられている。


形式 愛称 在籍期間
・3000形 SE(Super Express) 1957〜1968 
・3000形 SSE(Short Super Express) SEの5両編成化 1967〜1991
・3100形 NSE(New Super Express) 1963〜1999
・7000形 LSE(Luxury Super Express) 1980〜
・10000形 HiSE(High-decker/High-grade/High-level Super Express) 1987〜
・20000形 RSE(Resort Super Express) 1991〜
・30000形 EXE(Exellent Express) 1996〜
・50000形 VSE(Vault Super Express) 2005〜
・60000形 MSE(Multi Super Express) 2008〜

これを見ても、小田急電鉄が特急ロマンスカーにいかに熱心であるかがわかる。そしてついには地下鉄千代田線にロマンスカーを乗り入れてしまうほどの熱の入れようである。最新鋭の60000形MSEはそのために開発された車両で、地上も地下も走れるという意味で”Multi Super Express”としたのだろう。乗り入れ先の地下鉄線内でも優等列車として運行し、しかもデラックス車両の特急が地下鉄を定期列車として走るというのは他に例を見ない。まことに意欲的な試みで讃辞を惜しまない。

そんな小田急線の姿を複々線区間を中心に見てきた。(2010.02.10)

多摩川橋梁
和泉多摩川駅と登戸駅との間にある多摩川橋梁は複々線4線用に新たに架け替えられた。この橋上で2本の下り線路は1本に合流する。上り線は向ヶ丘遊園までは2本だが実質的に複々線はここで終わる。
かつての多摩川橋梁の線路は東京側の堤防と同じ高さにあり、堤防上の道路には踏切があった。その踏切は電車の撮影に絶好の場所だったが、架け替えによってかさ上げされて立体交差になったため、残念ながらそれもできなくなった。
当時の様子はこちら

60000形MSEロマンスカーが渡って行く。左側が登戸駅方向。
小田急と平行して多摩水道橋が架かる。ここを通る道路はこの橋を境に、東京側は世田谷通り、神奈川側は津久井道と呼ばれるが、正式には「東京都道・神奈川県道3号世田谷・町田線」というそうだ。
水道橋の名の通り水道管が通っており、東京側に相模川の水を供給してくれているという、ありがたい橋なのだ。
この場所は最後まで残ったという「登戸の渡し」があったところで歴史的にも由緒あるところである。
多摩川橋梁の東京側最寄駅
和泉多摩川駅

登戸駅のすぐ先は多摩川橋梁。上りホームから和泉多摩川方向を望む。
右端の下り線が途切れているのがわかる。

複々線
複々線とは前述のように、上下線線路が1本ずつある複線線路をもう一組並べて敷設しているものをいう。その並べ方によって路線別複々線と方向別複々線と呼ばれる。路線別は複線線路をそのまま並べたもので、東京近辺ではJR東海道線と京浜東北線の品川−横浜間などは良い例である。方向別は上り方向に2本と下り方向に2本の線路を並べたものでJR山手線と京浜東北線の田町−田端間が典型である。この区間では駅のホームの両側に同じ方向の電車がやってくるのでどちらに乗ってもかまわない。ただし時間帯によって京浜東北線は快速運転をするので停まらない列車もある。このように方向別複々線では同じ方向に違う種別の列車を並行して走らせることができる。この考え方を発展させて優等列車用の急行線と各駅停車用の緩行線をはじめから分けて敷設し、優等列車を停めない駅では急行線にホームを作らない方式が一般的となっている。小田急電鉄の複々線区間もこの形になっており、4線の線路の内側2線が急行線、外側2線が緩行線となっている。私鉄では全国最長の複々線区間を持つ東武伊勢崎線では急行線が外側、緩行線が内側となっており、鉄道会社によってそれぞれ違いはあるようだ。

狛江駅の急行線を行く4000形快速急行新宿行き列車。 この駅は緩行線に対向式ホームがあり、急行線にホームはない。

喜多見駅付近から成城学園駅方向を望む。高架線は成城学園駅から分岐する喜多見検車区への連絡線。
特急「スーパーはこね」VSEの後部展望席から写す。

経堂駅 地上時代から車庫があって昔はロマンスカーなどもはいっていた記憶があるが、高架になっても留置線が確保されている。

経堂駅は優等列車も停まる緩急接続駅なので島式ホーム2面となっている。さらに中間に上り専用の通過線路が1本通っているので合計5線である。

梅ヶ丘駅 新宿方面から見て複々線が始まる地点。新宿寄りでは下北沢の難工事を含め、東北沢までの工事が進行中。

車両図鑑
特急ロマンスカー
すべての形式を撮影する意気込みだったが、なんと「7000形LSE」と「10000形HiSE」は車両不具合を起こして運用離脱状態とのことで、残念ながら撮ることはできなかった。
■50000形VSE 
2004年登場。小田急の看板列車として、ロマンスカーの本来の目的である箱根への観光客輸送に的に絞った車両。前面展望席の大きなガラスが異彩を放つ。車内天井がアーチ形のためそれを意味する英語”Vault” を使用して愛称をVSE(Vault Super Express)としたという。連接車両で10両編成。

2006年度鉄道友の会「ブルーリボン賞」を受賞した当時のVSE  新宿駅

狛江駅を通過する下り列車。

登戸駅を通過する上り列車。最後部展望席では飲み物で寛ぐ乗客も・・・この展望席は乗車1か月前の予約開始日でもなかなかとれないほど人気が高い。かつて一度予約がとれて乗ったことがあるが、さすがに眺望はよかった。

60000形MSE
2008年に登場。相互乗り入れする東京メトロに直通運転用として設計された車両。このため、通勤用途としての性格が強く、平日は朝ラッシュ時に本厚木駅から北千住駅までの1本、夕方ラッシュ時には北千住駅から多摩線唐木田駅までの1本および、大手町駅から本厚木駅までの2本が運転され、箱根への運用はない。土休日には北千住駅−箱根湯本駅間を2往復する列車が設定されているほか朝夕に北千住駅と本厚木駅間を1往復する列車がある。通常の運転ではすべて10両編成であるが、箱根登山線内は6両編成しかはいれないため、箱根湯本ゆきは小田原駅でうしろ4両が切り離される。復路は4両が増結されて10両となる。6両編成3本、4両編成1本が在籍する。
2009年度鉄道友の会「ブルーリボン賞」を受賞している。

千歳船橋駅を通過。
60000形は小田原方向と新宿方向で顔つきが異なる。 これは分割・併合するためで、連結する側は平面に近い形となっているからである。下の写真は連結面で、上の写真より平べったくなっている。60000形は地下鉄乗り入れのために、前面には避難用の扉が備えられているのが特徴である。
なお、上下の写真はいずれも「はこね」という表示がされているが、本来「はこね」に使用される車両である「7000形LSE」と「10000形HiSE」の運用離脱による代走と思われる。

向ヶ丘遊園駅を通過する。

30000形EXE
1996年に登場した。この車両はそれまでの観光旅客用に加えて通勤輸送など中間駅で乗降する利用者にも配慮したもので、いわゆるデラックスな面より多様な運用面を重視した。通勤用車両と同じ20m車10両編成(小田原方6両・新宿方4両に分割)での運用が主体となっているが、6両編成で単独の「はこね」運用に就くこともある。4両編成・6両編成それぞれ7本ずつが在籍する。

6両編成の「はこね」  千歳船橋駅

回送列車 千歳船橋駅

■20000形RSE

1991年に登場した。新宿−沼津間の特急「あさぎり」用の車両。新松田でJR東海の御殿場線に乗り入れて沼津まで運転される。JR側も371系車両が新宿まで乗り入れる。20m車7両のうち2両はダブルデッカー(2階建て)車両となっている。御殿場線直通のほか「はこね」運用もある。2編成が在籍する。
1992年度鉄道友の会「ブルーリボン賞」受賞。

百合ケ丘駅を通過する特急「はこね」

特急「あさぎり」 御殿場線直通沼津行き  登戸駅

通勤形車両
特急ロマンスカー以外の通勤輸送は、快速急行(新宿−江ノ島線藤沢)、急行(新宿・町田−小田原、新宿−江ノ島線藤沢・片瀬江ノ島)、多摩急行(多摩線唐木田−東京メトロ千代田線綾瀬またはJR常磐線取手)、準急、区間準急、各駅停車の種別がある。
使用される車両は、4000形、3000形、2000形、1000形、5000形、東京メトロ6000系である。

■4000形

2007年登場。東京メトロ千代田線直通用の1000形を置き換える目的で製造された車両。直通以外の列車にも使われる。10両固定編成。11編成110両が在籍。

多摩急行 千代田線綾瀬行き直通列車 向ヶ丘遊園駅
千代田線直通列車は小田急車は綾瀬まで、メトロ車は常磐線我孫子または取手まで。

急行 新宿行き 向ヶ丘遊園駅

快速急行 新宿行き 読売ランド駅 

3000形
3000形という形式はかつて初代ロマンスカーに使われたが、引退したため2代目3000形として2002年に再登場したものである。小田急電鉄の主力車両で、6両編成32本、8両編成15本の合計47本・312両の大世帯となっている。各駅停車、急行、快速急行などとして運転される。

各停 新宿行き 読売ランド駅

快速急行 藤沢行き 向ヶ丘遊園駅

急行 小田原行き 千歳船橋駅

2000形
1995年登場。8両編成9本・72両が在籍する。主に各駅停車と区間準急に充てられている。

区間準急 新宿行き 向ヶ丘遊園駅

1000形
1988年登場。地下鉄千代田線直通に対応できる車両として製造された。3000形に次ぐ大世帯で、10両編成(千代田線直通用)4本、8両編成1本、6両編成12本、4両編成19本の合計、36本・196両が在籍する。各駅停車、区間準急、多摩急行などとして運用される。

各停 本厚木行き 読売ランド駅

多摩急行(千代田線直通) 綾瀬行き 千歳船橋駅 

8000形
1982年に登場。6両編成、4両編成各16本の合計160両が在籍する。

急行 新宿行き 読売ランド駅

5000形
1969年登場の最古参の車両である。急行・準急用に製造されたが、新型車両の投入により順次廃車が進み、現在は4両編成12本、6両編成(5200形)3編成の合計66両が在籍する。ヘッドライトが2個並んだ独特の風貌は長らく小田急電車を代表する顔だった。

急行 新宿行き 千歳船橋駅  5000形4両と3000形6両の混成編成となっている。

■東京メトロ6000系
1968年登場。千代田線用の車両として製造された。千代田線を介して小田急線と常磐緩行線に乗り入れる。小田急線内では急行と多摩急行として運転される。10両固定編成で35本・350両が東京メトロの綾瀬検車区に在籍する。

唐木田発の多摩急行 JR常磐線直通我孫子行き 読売ランド駅
関連ページ:「小田急多摩川橋梁」、 「続・小田急2010」
鉄道総合ページ:「鉄道少年のなれの果て」