新幹線の光と影

毎年3月になると、ダイヤ改正や新線開業などを行う鉄道会社は多い。とくに今年(2015)は北陸新幹線の開業と上野・東京ラインの開業という2大イベントがあって、とりわけ盛り上がっている。
北陸新幹線は、すでに開業している高崎−長野間(便宜的に長野新幹線と呼ばれていた)を延伸する形で今回金沢駅まで228.1km(営業キロ)が開業した。東京駅からは454.1kmである。これにより、東京−金沢間は最速で2時間半弱で結ばれることになった。地元では構想から42年も待ってやっとやって来た新幹線ということでたいへんなお祭り騒ぎだ。

一方で、北陸新幹線の開業によって在来線の北陸本線を走る「はくたか」「北越」などの特急列車が廃止されるといった寂しい場面も付随する。特急街道とも言われ、多くの高速特急列車が走っていた北陸本線は、まだ一部分(直江津−金沢)とはいえ、JRから切り離されて一気にローカル線になってしまうのだ。これを並行在来線というが、そのほとんどが第三セクターに転換されて路線そのものは運営が継続されるものの、とたんに運転本数や運賃の面でのサービスが低下することが多い。沿線住民にとっては迷惑なことだろう。新幹線がもたらす影の部分だ

もっとも、新幹線ができるとそれまでの在来線がすべてグレードダウンするというわけではない。東海道・山陽新幹線の場合は並行する東海道本線・山陽本線はそのままJRの運営である。これは両線の沿線は大都市が連なっていて人口が多く、産業も発達しているベルト地帯だからである。ここでは在来線は沿線住民の生活の足であり、なくてはならない存在である。そのため利用客がきわめて多い。東海道・山陽新幹線は在来線である東海道本線・山陽本線の輸送力に限界が見えたために輸送力増強を目的として建設されたものである。その結果、新幹線はそのベルト地帯の主要都市を結んでいた特急列車などの優等列車の置き換えとしての役割を負い、在来線は普通列車中心の路線として共存している。

ところが、新幹線はその後、折しも田中角栄の日本列島改造論による政策に乗って、輸送力増強というよりも、地方と東京を短時間で結ぶことを目的に建設する方向に変わってきた。つまり、田中角栄の「地方活性化のためには東京との時間的距離を短縮する必要がある」という主張に沿った新幹線建設計画となったのである。これに基づいて、田中の選挙区がある新潟への上越新幹線(大宮−新潟)を手始めに東北(東京〜盛岡)、山形(福島〜新庄)、秋田(盛岡〜秋田)の各新幹線が次々に建設され開業し、新幹線ブームとなった。その後東京から遠く離れた九州や北海道までもが新幹線を要望するようになり、このような要望に対して、全国新幹線鉄道整備法により、1973年に北海道(青森市-札幌市)・東北(盛岡市−青森市)・北陸(東京都−大阪市)・九州(福岡市−鹿児島市、福岡市−長崎市)の5路線の整備計画を決めたが、これらを整備新幹線と呼ぶようになった。これらの路線はその後、社会経済情勢や政権交代などの政治的環境から幾度も建設凍結や中止の危機があったが、自民党政権に復帰して結局はすべて建設することになるようだ。

整備新幹線では開業と同時に、並行在来線をJRから経営分離することが決められている。それは、もともとの在来線がそれほど採算性の良い路線ではなく、新幹線開業によって利用客を取られ、閑散路線に転落することが必定であったため、新幹線と在来線の両方を所有することによるJRのコスト負担を減らすためとされる。しかし在来線の運営をを引き継ぐ経営体にしてみれば、儲かる部分をJRに持っていかれて、利用客の減った不採算部分を引き受けなければならない。一般には地元自治体などが出資する第三セクターを設立することになるが、財政的に豊かとはいえない例がほとんどである。いきおい、そのしわよせは旅客サービスの低下として現れる。つまり、JRはいいとこ取りで、不便を沿線住民に押し付けている恰好なのだが、新幹線誘致を熱望して決めた地元住民や自治体などの自己責任として自助努力しなければならないのだろう。ということは、それぞれの自治体や住民が在来線を活用して地域の活性化を図って行くことが望まれる。平たく言えばどんどん乗るべきなのだ。

これまでに開業した整備新幹線に伴って経営分離された、またはされる予定の並行在来線は以下の通り。(Wikipediaから抜粋)
整備新幹線 並行在来線 区間 営業キロ 移管日 新経営体
北海道新幹線 江差線 五稜郭−木古内 37.8 2016.03 道南いさりび鉄道
函館本線  函館−小樽 252.5 2030年度 第三セクター
小樽−札幌 33.8 未定  
東北新幹線 東北本線 盛岡−目時 82.0 2002.12.01 IGRいわて銀河鉄道
目時−八戸 25.9 2002.12.01 青い森鉄道
八戸−青森 96.0 2010.12.04
北陸新幹線 信越本線 高崎−横川 29.7  -  JR東日本存続
横川−軽井沢 11.2 1997.10.01 廃止
軽井沢−篠ノ井 65.1 しなの鉄道
篠ノ井−長野 9.3  - JR東日本存続
長野−妙高高原 37.3 2015.03.14 しなの鉄道
妙高高原−直江津 37.7 えちごトキめき鉄道
北陸本線 直江津−市振 59.3
市振−倶利伽羅 100.1 あいの風とやま鉄道
倶利伽羅−金沢 17.8 IRいしかわ鉄道
九州新幹線鹿児島ルート 鹿児島本線 博多−八代 154.1  - JR九州存続
八代−川内 116.9 2004.03.13 肥薩おれんじ鉄道
川内−鹿児島中央 46.1  - JR九州存続
九州新幹線長崎ルート 長崎本線  肥前山口−諫早 60.8 2022年度  
諫早−長崎 24.9 未定  

北陸新幹線の開業に続いて来年(2016)春には北海道新幹線の新青森−新函館北斗間が開業する。そのときには東京駅に直通列車がやってくるだろう。そうなると九州新幹線を除くすべての新幹線の列車が東京駅に直通することになり、田中角栄の目指した姿がここに実現する。しかし新幹線は当初から航空機との競争があった。新幹線で4時間以上になると空路利用に流れると聞く。これは広島あたりで、これが境界と言われている。北海道新幹線は新函館−東京間823kmを最速4時間10分と決めたそうだがこれは広島とほぼ同じであるので、空路との競争にもろに曝されるかもしれない。また、博多駅(1174.9km)までは今は最速4時間53分だが、以前は6時間以上もかかっていた。東京から博多以遠の直通はもはや意味を持たない。そのため、九州新幹線開業後も東京からの直通は博多止まりである。九州新幹線は関西地区との直通にとどまらざるを得ない。したがってせっかく作った新幹線を在来線も含めてどのように活用するかが課題だが、さきごろ登場した豪華列車「ななつ星in九州」などはひとつの答えかもしれない。

航空業界内もLCCの台頭などで安い路線が増えているため、エアライン同士の競争が激しくなるなか、北陸新幹線の開業で小松空港便が新幹線にかなり食われるのではないか、との見方もあり、安閑とはしていられない。いずれにしても、新幹線と航空機との競争は4時間の壁を巡ってこれからますます激しくなるだろう。
2015.03.14
鉄道総合ページ:鉄道少年のなれの果て