バーチャルトリップ海外編

動画サイトの鉄道もので人気のある、「前面展望」いわゆるカブリツキ映像は海外でもたくさん投稿されている。多くは鉄道の発達している西ヨーロッパ諸国のものだが、それもきわめて優れた作品が目白押しなのだ。それらに特徴的なことは運転室から撮られた映像ということである。撮影者は何らかの許可をもらって運転室に添乗しているのだろうが、日本ではなかなか見られないことだ。日本では取材などは別として、運転室に一般の鉄道ファンを乗せてくれることなどはほとんどない。そのため客室展望席や運転席背後のガラス越しの撮影に限られる。なんとなく後ろめたい状況で撮影に努力しているのだ。もちろんヨーロッパでも誰でもOKというのではないだろうが、公認されて撮影できる環境があることはうらやましい限りだ。鉄道趣味が市民権を得ている証拠である。そんなわけで、ビデオ作品には「運転席に同乗」や「運転士が見る眺め」といった意味のタイトルがつけられていることが多い。各国の言語によりことばは違うが意味は同じだ。例を挙げると、
・英語:Cabride、Cabin Ride、Train Driver's (Eyes)View、
 Rail Viewなど
 イギリスをはじめフランス、スウェーデン、イタリア、
 スペインでも使うことが多い
・フランス語:Voyage en cabine
・ドイツ語:Führerstandsmitfahrt
 ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイスの一部)では
 ほとんどこの表現。
・オランダ語:Cabine rit、meerijden met ~
 オランダやベルギーで使用

スウェーデンなどでは自国言語ではアピールしにくいのか、タイトルだけでなく映像中のキャプションもスウェーデン語とともに英語表記されている例がある。ポピュラーな英語のほうが再生回数も増えるのだろう。

ちなみに台湾では「路程景」といい、ほとんどの映像が「台湾鉄道交通影像」なる投稿者名になっており、運転席からの撮影が公認されているようにみえる。

さて、このような動画を見る際には地図と辞書をそばに置いておくと良い。表示される駅名を地図上で確認するとどこを走っているのかわかるし、説明文が表示されたときは辞書で調べるといっそう臨場感が増す。 Google MapGoogle翻訳がお勧めだ。両方を動画と一緒に立ち上げておき、その都度調べればよい。思わぬ発見もあって楽しいものだ。

このような映像を見ていると、多くの国が国境を接しているヨーロッパの鉄道ならではの事情が垣間見えて面白い。

なかでも日本の鉄道との一番大きな違いは国際列車だ。EUになってから各国間の往来は自由になり、高速鉄道網が整備されて国際列車の高速化が進んだ。フランスのTGVとドイツのICEは当初から高速運転をしているが、隣接するベルギー、オランダ、オーストリア、スイス、イタリアなどでもTGVやICEとの直通運転のためにそれにあわせた高速鉄道を建設したのだ。これにより、各国とも時速300kmで走る国際特急列車が頻繁に運転されている。またスペインやスウェーデンなどでも300km/hの高速運転路線があり、もはやヨーロッパでは時速200~300kmの高速鉄道はあたりまえのようになっている感がある。いつの間にこのように発達したのかと思うが、やはりEUになって国際間の人の行き来が増えたことで、とくに大都市間を高速でつなぐ需要が増えたことによるものだろう。またヨーロッパではもともと鉄道密度が高く、鉄道利用が盛んだったことなども理由かもしれない。

ところで、国際列車の運行のためには各国によって異なる規則や規格をお互いにクリアしなければならない。映像をつぶさに見ているとどのようにクリアしているかがわかる。

複線の通行方向
主な西ヨーロッパ諸国の鉄道の通行方向は次の通り。
左側通行:イギリス、フランス、ベルギー、スイス、イタリア、スウェーデン、オーストリアの一部
右側通行:ドイツ、オランダ、オーストリア、デンマーク、スペイン
通行方向の異なる国に乗り入れる場合は、国境付近で線路の通行方向が左右に入れ替わるはずである。

・単純に渡り線で転線する例
スウェーデンの南部都市マルメ駅からデンマークのコペンハーゲン駅にゆく貨物列車の機関車からの映像。(Bombaldiefan
スウェーデン国内のほとんどは左側通行だが、マルメからデンマークへ直通する南部の路線は右側通行となっているという。この例はマルメ駅を出てしばらくは左側通行するが、途中で右側線路に転線する。反対方向の線路もこの先で同様に入れ替わる。

前方の渡り線で左側から右側に移る
ポイント通過中
転線完了。
このままデンマークとの国境にかかるエーレスンド橋を渡ってコペンハーゲンにつながっている。

・立体交差で入れ替える例
パリ始発、ベルギーのブリュッセル中央駅経由でオランダのアムステルダム中央駅を結ぶTGV Thalysが走る高速線ではフランスとベルギー間は同じ左側通行だが、オランダ国内は右側通行のため、オランダのロッテルダム駅付近で立体交差によって左右を入れ替えている。しかしそれは単純なものではなく、通り一遍ではなかなかわからない。Thalys運転席からの映像。
(Steve Maksimovic)
ブリュッセル→アムステルダム

この付近は在来線の線路がたくさん集まっているが、高速線はまずトンネルにはいる。
トンネル内でアムステルダム方向は左に曲がってトンネルを出る。ブリュッセル方向はまっすぐ下ってきて合流する。
トンネルを出ると坂を上って大きく右側に曲がり、ブリュッセル方向線路と在来線の線路をオーバークロスして左右の入れ替えが行われる。
オーバークロスした線路は在来線群の一番外側に回りこむ。この時点ではブリュッセル方向線も在来線群の反対側の端を走っている。
左の駅は在来線のRotterdam Lombardijen駅と思われる。
アムステルダム→ブリュッセル

一方、ブリュッセル方向線路から見たオーバークロス現場。上を行くのがアムステルダム方向線。高速線は在来線群の一番右端を走っている。このまま直進することで左右が入れ替わる。
やがて坂をくだってトンネルにはいり、中でアムステルダム方向と合流して複線となり、右側通行から左側通行の入れ替えが完了する。

電化方式(交流・直流・電圧・周波数など)
国によって電化方式が異なるので、線路の途中にデッドセクションがあるはずだ。日本の鉄道も交直デッドセクションはある。ヨーロッパではどんな形になっているのか。
TGVの国際列車のうちフランス-ベルギー-オランダをつなぐThalysでは架線電圧がベルギーの直流3000ボルトおよび、フランス・オランダ国際路線の交流25000ボルトおよびオランダ国内路線の直流1500ボルトに対応している。したがってそれぞれのつなぎ目ではデッドセクション(無給電区間)があり、列車はその直前でモーターへの通電を止めて惰行し、その間に回路を切り替える操作を行う。そのため運転士に対しては地上の標識や車上の表示パネルで指示する。高速鉄道では地上の標識を見落とすリスクがあるが、ベルギーとオランダ間にはデッドセクションの標識が見られる。ここでは機関車のパンタグラフを下げ、惰行でデッドセクション通過後にパンタを上げるよう指示していると見られる。電源変更は2回行われるようで、ベルギー国内路線直流3000ボルト→国際路線用交流25000ボルト→オランダ国内路線用直流1500ボルトとなっている。デッドセクションはそれぞれベルギー国内およびオランダ国内にある。
(Steve Maksimovic)

ベルギー国内路線(直流3000V)→国際路線(交流25000V)デッドセクションの始点。
横棒サインは「パンタグラフを下げよ」の指示。
縦棒サインは「デッドセクションの終わり。パンタ上げ」の指示。ここから交流25000V区間が始まる。
国境を越えると再び
電源変更。国際路線の交流25KVからオランダ国内路線の直流1500Vとなる。その予告標識がある。
パンタ下げの指示標識
デッドセクション
交流25KV→直流1500V
パンタ上げの指示標識。

国境の通過
日本では陸路で国境を越えるという体験はできないので、国境越えそのものが興味津々だ。どのように越えるのか。
EC諸国の多くは「シェンゲン協定」と呼ばれる国境検査なしに国境を越えられる協定に参加している。これに基づき国際列車も国境を意識せずに行き来している。特に高速鉄道では国境を越えた瞬間を映像で確認するのは説明のキャプションなどがない限り難しい。それでもスウェーデンとデンマークの国境にかかるエーレスンド橋(7845m)上には国境地点に両国の国旗を模した塗装が施されていて国境通過中であることを認識できる。
マルメ→コペンハーゲン行き列車。(Jan Kivisaar
エーレスンド橋上の国境サイン。手前側がスウェーデン、奥側がデンマーク。この橋は複線の鉄道と4車線の車道があり、人口島と海底トンネルを合わせて全長16kmのオーレスン・リンクと呼ばれ、ヨーロッパ最長の海峡横断橋という。

ラクガキ
駅構内や沿線の建造物に非常に多くの落書きが目につく。日本でも見かける、ちょっとアート風の落書きだが、どの国でも同じなのには驚く。
オランダ・アムステルダム
線路際の防護壁にはほとんど落書きされているが、途切れることなく続いているのがすさまじい。
同上
このような橋梁の橋脚部分も必ず書かれている。鉄道敷地内でどうしてこんなに大規模にできるのか不可解だ。
オーストラリア・シドニー
民家?の壁にも堂々と。
アメリカ・ロサンゼルス近郊
このような壁状のところが狙われる。

列車密度と交錯するポイント
ヨーロッパ諸国の鉄道の拠点駅には多くの路線が集中していて、列車密度も必然的に高い。それをさばく駅構内の線路の交錯ぶりが半端ではない。ダブルスリップポイントのオンパレードになっている。そこを各方面から押し寄せる列車が同時に進行するさまは圧巻だ。
スイス・チューリッヒ駅(trainfahrt

チューリッヒ駅構内に展開するおびただしい数のダブルスリップポイントと、そこを同時進入してくる列車群。
巨大なダブルデッカーの車体がのたうつようにポイントを通過してゆく。

スペインの鉄道の軌間
スペイン国内の鉄道総延長は14781kmで、広軌の1668mm
(11829km)、標準軌の1435mm(998km)、狭軌の1000mm
(1926km)、914mm(28km)の4種類の軌間が使われている。1435mmの標準軌は隣接する国との接続路線を中心に採用されている。スペインでは2006年に世界に先駆けて軌間の異なる高速新線
(1435mm)と在来線(1668mm)との直通運転を開始した。そのための特殊な機構をもった車両(Free Gage Train)が開発されている。

AVEマドリード-バルセロナ線には広軌(左)と標準軌(右)が並行する区間がある。
videotren.com

このように、Cabrideビデオは楽しいが、ひとつ気になったことがある。それは、添乗しているカメラマンと運転士が走行中にしゃべり続けている例があることだ。なかには少年らしい声がやたらに質問をしている例もある。日本では考えられないことだが、許されているのだろうか。許されていないとしたらこのビデオによって発覚し、Cabrideビデオ禁止とならないよう願いたい。

(2013.10.22)

鉄道総合ページ:鉄道少年のなれの果て