自動車業界の憂鬱

いま、100年に一度といわれるような大不況が世界を覆っている。米国発の金融危機がもたらしたこの不況はほとんど全産業におよんでいる。半年足らずの間になぜこんな状態になってしまうのか、理由は単純ではないが産業の血液といわれる金融の流れが滞って全身が働かなくなったと考えるのがわかりやすい。それほど金融というものは重要であったにもかかわらず、米国の金融機関の不道徳な行いによって、世界中の経済が不全となってしまったのである。まったく腹立たしい。

日本では金融機関は幸い米国ほど腐りきっていなかったためか、為替市場では日本円の独歩高という状態になっている。これ自体は悪いことではないが、輸出依存の産業構造ゆえに為替差損が大きく膨らんで、これが企業の業績を悪化させている。そのうえ世界同時不況による需要減退でモノが売れなくなるというダブルパンチを食らってしまったのである。

製造業の業績は軒並み赤字決算の見込みとなった。とりわけこれまで日本経済の牽引役だった自動車業界がひどい。ここ2、3年来、自動車各社の国内新車販売は落ち続けていたため、海外への比重を高めていたのが裏目に出た。加えて原油高の影響で世界的にクルマが売れなくなり、続く今回の金融危機で総崩れになった。自動車販売は昨年同時期に比べてほぼ半減し、40年前の水準にまで落ち込んだという。これが世界規模で起きているのである。大変なことだ。1台の自動車は2万点の部品からなると言われる通り自動車産業はすそ野が広いため、自動車不況の影響はきわめて大きい。

こうなると企業は生産調整やコスト削減にどうしても走る。一番の対策が人減らしである。かくして非正規雇用の人員減らしがいきなり始まって社会問題化してしまった。さらに生産ラインを止める休業日が増えていることから、正社員とて安閑としてはいられない。仕事そのものが減るからだ。仕事を分け合い雇用を維持するワークシェアリングを導入するところもあるが、それに伴って給料も減る。

いまの生産調整は在庫を減らすための措置だが、順調に在庫が減るという目算はあてにならない。在庫が捌けたとしても世界的に需要が減退しているので、もとの生産水準に戻ることは期待できない。自動車産業は大きく変わらざるを得ない状況になりつつある。いままで通りのやりかたはもう通用しないことがはっきりしてきた。

国内でクルマが売れなくなっている理由は、ここにきて自動車というもののプレゼンスが一気に変わってきたからのような気がする。クルマの平均保有年数はどんどん伸びて2008年には8年(日本自動車販売協会連合会)を越えたという。これは不況による先行き不安で新車を買い控えているとの見方もあるが、それよりも、もはや自動車はかつてのような、あこがれやステータスの対象ではなくなったということだろう。

自動車産業の発展とともに生きてきた、いまのオヤジ世代にとっては、クルマはかなり大きな価値をもつ財産のひとつだった。それだけにクルマへのこだわりが強く、多くは2、3年の周期で新車に買替えるのが普通だった。メーカーも買い替え需要を喚起するために新車開発競争に明け暮れた。そのおかげで、走行性能を始め燃費の良さや故障率の低さなどは年々向上し、品質は世界一を誇るようになった。しかしそれも、もはや行き着くところまできてしまったのではないか。

そのためか、毎年のように発表される新型車はどれも同じようなスタイルで性能も大差ない。クルマとは単なる移動手段であって、それ以上の価値を見出さない時代に変わりつつあるのかもしれない。とくに最近、若者のクルマばなれが目立つといわれる。生まれたときから家にクルマがあるのは当たり前の世代には、必要なときに利用できればクルマ自体にこだわることはないのだろう。そうなれば、大きくて高価なクルマでなく軽自動車を買うとか、維持費を考えればレンタカーを使うほうが合理的である。このような考え方が、これから社会を担ってゆく世代を中心に広まり、さらに少子化から人口が減ってゆくことを考えれば自動車の需要は減退せざるをえない。つまり自動車業界全体が縮小してゆく可能性がある。

さらにエネルギーや環境問題がある。いままでの内燃エンジンはもう終焉に近づいている。ガソリンにしろディーゼルにしろ、化石燃料を使う方式は資源的にも環境的にもやめなければならない。次世代エンジンはまだはっきり見えてこない。いま考えられるのはなんとなく電動モーター(電気自動車)らしいが決定打はない。とりあえずはガソリンエンジンとのハイブリッド方式でつないでいくのだろうが、これから開発競争が始まると思われる。

本命が電気自動車となると、産業構造も大きく変わる。これまではなんといってもエンジンが自動車開発の中心であった。メーカーの実力がもっとも現れるのはこのエンジンだと言って良い。電気自動車になると、このエンジンがすべて電動モーターに置き換えられてしまうのである。さらにいまのような複雑なトランスミッション(変速装置)もいらなくなる。つまり自動車メーカーのもっとも重要な部分が不要となるわけで、いわば革命的な変わりようになるのである。電動モーターは当然電機メーカーが強い。バッテリーや駆動系を含めたパワーユニットでは電機メーカーが主導権を握るようになるだろう。自動車メーカーはボディーを作るだけになってしまうのか。さらにこのようなパワーユニットは内燃エンジンに比べて構造も簡単で、新規参入を許しやすい。まったく自動車に縁のない業種や、新興国の参入は十分考えられる。かつてのPC(パーソナルコンピュータ)と同じ図式が想像できる。

このようなことを考えると自動車業界はまことに頭が痛いと思われる。しかし、時代は確実に進んでいる。少なくともこれまでの自動車の作り方はもはや通用しない。思いきった革新的な戦略が必要である。いまのこの不況の間に次の準備をしておくのと、おかないのでは不況のトンネルを出たとたんに決定的な差がついているだろう。これは自動車業界だけの話ではなく、国家レベルの問題としてとらえる必要がある。(2009.03.19)