王者の座

とうとうGMが破綻した。こうなることはずっと前からわかっていながら、当事者も米国政府もなにも手を打ってこなかった結果である。自動車という、いわばアメリカを象徴する生産物であるがゆえにそれを作る会社は一種の聖域とされ、そのなかで放漫経営がずっと続けられてきたのだろう。そのあいだに日本やヨーロッパでは燃費の良い、高品質なクルマが続々と生産され、米国に押し寄せた。米国の社会的意識の高い国民はこのようなクルマをこぞって買い求め、燃費が悪く高額な米国車は売れなくなってきた。石油が高騰していたころはさすがに危機感があったらしく、日本メーカーとの提携などで小型化に手を染めたものの、原油が安くなるとすぐにもとの大型車に戻ってしまった。そもそも高額商品で大きな利益を得るというビジネスのスタイルで、薄利多売というようなスタイルは米国流ではないと思いこんでいたのだろう。ビッグスリーとよばれるメーカーがすべて同じやり方をしていたのだ。かくしてそのツケは確実にまわって王者GMの息の根をも止めたのである。

GMはなんといっても100年の歴史をもつ古い会社である。自動車という、もっとも身近な製品を営々と作り続けてきた。それだけにアメリカ人にとっては極めて愛着のある会社だろう。キャディラック、ビュイック、オールズモビル、ポンティアック、シボレーなどの豊富なブランドで高級車から大衆車までをカバーし、ユーザーのニーズに応えてきた。私が小学生のころ、東京の街を走っていた乗用車といえば、上にあげたブランドのほかにもフォード、クライスラーといった米国車がほとんどで、街を走っているのを見かけると友達同士で車名の当てっこなどをしていた。それほど米国車は親しみがあったし、自動車への興味をかきたててくれた存在だった。のちに米国車は、ばかでかいボディーとガソリンがぶ飲みを揶揄して、”アメ車”などという蔑んだ呼び方をされるようになったが、当時を知るわれわれの世代にはあこがれの的だったのだ。

たしかに”アメ車”といわれるようになったころから、GMはおかしくなり始めていたのだろう。昨年トヨタにその座を明け渡すまでの77年間、販売台数で世界トップを続けてきたのだが、世界中のクルマが小型化、省資源に進むなか、過去の栄光に浸って慢然と”アメ車”を作り続けたことが破綻の大きな原因である。金融危機でとどめを刺されたというが、トヨタだって同じ環境にいて大赤字になったが、会社再生法のお世話になどになっていない。GMの中身は腐りきっていたのだろう。ずっと見かけ倒しの経営を続けてきたのだ。このようにGMは王者の座を落ちるべくして落ちたのである。今後、GMは政府主導で再建の道を歩むことになるが、果たしてよみがえるのか予断を許さない。


同じように、かつてコンピュータ業界にもIBMという王者がいた。1980年代前半までの大型コンピュータ市場はIBMが牛耳っていた。いまでいう企業のIT化は右肩あがりで成長していた。ユーザー企業のシステム規模もどんどん大きくなり、それを処理するコンピュータも必然的に大きなものが作られた。当然価格もうなぎ上りで、数十億、数百億円などというシステムもざらにあった。それでもユーザー企業は導入し続けたのである。なぜかというと、いったんIBMのシステムを導入すると、その後もIBM製品を買い続けなければシステムは動かないからだ。

IBMは周辺機器やネットワークなどを自社製品で固めるために、オペレーティングシステム(OS)を増強し、ついに人類史上もっとも複雑で難解な創造物といわれたMVSというOSを開発し、超大型コンピュータに搭載して売りまくり、巨額の利益を得たのである。IBMの黄金期だったと同時にアメリカの底力を見せつけた時代だった。

しかし、80年代の半ばになると同じ米国で、もっと小型で性能の良いコンピュータが開発され、OSも標準的なものを使い、たくさんのコンピュータと通信接続して、分担して処理をすることで大型機にひけをとらないシステムを安価に作れるようになった。いわゆるダウンサイジングの時代となり、これまで高額のシステムを買わされ続けていたことに気づいたユーザー企業が、この新しい方式のシステムへと移行していった。これらを仕掛けた主役はシリコンバレーに集まった新興の若い企業家たちで、それまでのIBMの巨砲戦艦方式を急速に駆逐していったのである。それは、またも新たなアメリカの底力を世界中に見せつけることになった。そしてこの力が今日のネット社会を作り出したのである。

IBMはその後、ハードウェア主体からソフトウェアやシステム開発、サービス主体に軸足を移し、世の中の流れに沿ったビジネススタイルに転換した。もはや王者ではなくなったが、科学技術分野で需要のある大型汎用コンピュータは製造を続けており、まだまだIT分野で優良企業として大きな存在感を示している。

このように、一時代を王者として君臨し、その座をすべり落ちたGMとIBMだが、驕りと放漫で自滅したGMに対して、それまでの豊富な経験と実績を生かして時代の変化に機敏に対応したIBM、この差は途方もなく大きい。(2009.06.05)