アフリカの呪い |
ふたたびワールドカップの話だが、南アフリカ大会はスペインの優勝で幕を下ろした。ヨーロッパ勢の圧倒的な強さの前に王者ブラジルをはじめとする南米勢は沈んだが、それでもウルグアイは強豪の面目を保った。ドイツとオランダの強さはひときわ目立ったものの、最後は無敵艦隊といわれるスペインの勝利に終わった。ところが、意外にもスペインはワールドカップ出場13回目で初めて手にした栄冠だったという。
それにしても南アフリカでの今大会はどこかおかしい。これまでの通念を覆す番狂わせ続出である。日本やアメリカなどが意外な健闘を見せる一方で、ヨーロッパ勢の常勝チームであるイングランド、フランス、イタリアが異常な負け方で敗退している。なかでもフランスとイタリアの一次リーグ敗退は衝撃的だった。どちらもチームの内紛が原因とされるが、こんな負け方は過去にない。 考えてみると、史上初のアフリカ大陸での開催に関係があるのではないか?つまりヨーロッパ諸国が過去の植民地時代に散々蹂躙してきアフリカ大陸である。そこには”なにか”があるように思えてならない。 アフリカ大陸は19世紀ごろからヨーロッパの帝国主義諸国の進出が始まり、20世紀初頭にはわずか7カ国(イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、ポルトガル、ベルギー)でリベリアとエチオピアを除く全大陸を分割し、植民地化してしまった。これにより、いずれもがアフリカ大陸を食い物にしてきたのである。アフリカにおける植民地は17世紀ごろにオランダから渡った移民によりつくられたケープ植民地が初めとされる。その子孫はボーア人といわれ、現在の南アフリカ共和国の礎となったという。この植民地はオランダに大きな利益をもたらしたが、それを見た隣国ベルギーの国王レオポルド2世が、中央アフリカのコンゴの植民地化を狙って行動を起こし、このことが各国のアフリカ領土争奪戦のきっかけとなったといわれる。 とりわけイギリスとフランスは大陸を縦横に侵略して2大勢力となり、広大な領地を獲得した。ボーア人のケープ植民地も2度にわたるボーア戦争によってイギリスに奪われてしまった。当然植民地であるから、現地人をひどい目に合わせてきただろうし、搾取の限りを尽くしてきたのは事実である。これは第2次世界大戦後のアフリカ諸国の独立までずっと続いた。しかし、その独立は必ずしもうまくゆかず、内戦続発や独裁政権の国が乱立するなど、その後遺症をいまだに引きずっている。 そういった苦難の歴史を乗り越えて、ことし2010年にワールドカップという一大イベントが初めてアフリカ大陸にやってきたのである。アフリカの人々はあのやかましいブブゼラで大歓迎し、過去のことなど忘れたかのように熱狂した。旧宗主国にとってはかつて搾取してきた土地である。もう100年以上も昔の話だが、そのことについてなにかトラウマはなかっただろうか。もちろん現代っ子の選手たちはそんなことは露とも考えていないだろう。だが、番狂わせは起きた。とくに英仏両国の場合はなにか因縁めいている。やはりアフリカの人たちも気付かない”アフリカの呪い”がかかっていたのかもしれない・・・というあくまでも妄想だが。 (2010.07.12) |