意識不明になった話


病院で胃の内視鏡検査を受けることになった。内視鏡を飲む前にいろいろな説明がある。そこで患者は検査に同意のサインをするのだが、その中で麻酔の件がある。内視鏡が口からはいってくるときの抵抗感を和らげるためだ。麻酔なしで検査を受けるツワモノもいるらしいが、しかし一般には麻酔をかけるのが普通だ。
麻酔にはゼリー麻酔と注射麻酔があることは承知している。ゼリー麻酔は舌下にゼリー状の麻酔薬を塗る方法で口や喉の周辺の局部麻酔だ。だから検査中のやり取りは認識できる。一方、注射麻酔は睡眠状態にしてしまうので被験者は意識のないなかで検査される。これまで何回か内視鏡検査は受けていて、いつもはゼリー方式を選択していたのでその旨を告げると、当院では注射麻酔のみで、ゼリー方式はやっていないという。もともと睡眠薬というものを飲んだことがないので、ちょっと嫌だなと思ったが、麻酔なしで検査するのも嫌なので同意した。

検査室に行くと、麻酔の注射をされ、胃を膨らませる顆粒状の発泡剤を飲まされた。これが結構苦しくて、検査中に空気が抜けてしまいそうになる。これを防ぐのには注射麻酔がいいのだろう。眼鏡や腕時計などをポーチにしまって靴を脱いで検査台に上がると、横向きに寝かされてマウスピースを口にくわえた。そしていよいよ内視鏡の管がはいりはじめた。しばらくは自覚していたが、そのうち眠ってしまったのだろう。その先のことはまったく覚えていない。気が付くと椅子に座っている。さっきの検査室ではなく、階下の処置室というところのカーテンで仕切られた一角らしい。おぼろげながらに、あれ!もう終わったのか、いつここに来たんだろうと見回すと、ちゃんと靴ははいているし眼鏡もかけ腕時計もはめている。ポーチも持っていて中の財布なども無事だ。それでもまだボーッとしていると、やがて名前を呼ばれて医師の診断となった。結果は何も問題無しということで放免された。会計を済ますころには意識も元に戻ったが、なにしろこんなことは初めてだ。眼鏡をかけさせてくれて、靴を履かせてくれたうえ、検査室から車いすでエレベーターに乗って移動したのだろうが、まったく知らないのだ。ほんのいっとき意識不明になって、一定の部分の記憶がスッポリ抜けているのが、なにか狐につままれたような不思議な感覚なのだ。実に奇妙な体験だったが、かなり麻酔が良く効く体質らしいことはたしかだ。
(2015.03.30)