長年通っていた床屋が閉店した。きょうその店に行ってみると、先月末で閉店したという張り紙があったのだ。
かれこれ40年の間、ずっと散髪してもらっていたその店は、夫婦でやっている2席しかない小さな店だった。髪を刈るのはマスターだが、お客が2人のときには奥さんが頭を洗ったり顔を剃ったりして、うまい具合にこなしていた。
そもそもこの店は、40年前にこの近くのマンションに引っ越してきたときに見つけたのだが、入り口を入るとすぐのところに日当りのいい待合い場所があって、寒い冬などはなんともポカポカと気持ちよく、すっかり気に入ってしまった。その後、店は新築してその待合所はちょっと雰囲気が変わったり、こちらも引っ越して遠くなったのだが、それでも自転車に乗って今日まで通い続けたのである。
40年もの間にこちらのアタマは薄くなって、調髪しにくくなっただろうが、「いつもと同じで」という阿吽の呼吸でずっと同じ形に刈ってもらっていた。閉店の理由はわからない。マスターが年を取ったこともあるだろうが、年々客が減ってきたことが大きいのではないか。常連はやはり地元の古くからの客が多かったようで、このような人たちもどんどんいなくなってしまったのだろうと推測する。
この床屋だけでなく、近所ではなじみの本屋やガソリンスタンドもなくなってしまった。いずれも50年も前からの付き合いだった。とくにガソリンスタンドは、初めてクルマを買ってからの付き合いで、給油だけでなく、ちょっとしたエンジンの調整や部品の交換などもやってもらっていた。その当時のクルマは今と違ってエンジンを多少いじれる余地があった。メカニックの資格をもった人がいるスタンドでは仕事になった面もあったのだろう。しかし、クルマも高性能化や電子化が進んでエンジンをいじるなどはできなくなってきた。そのうち原油価格の高騰で全国的にガソリンスタンドの採算が悪化するという時代がきた。それにより、実に多くのスタンドが閉店に追い込まれていった。その店も閑古鳥がなくような状態になっていたが、なんとかがんばっていた。2011年3月の東日本大震災後のガソリン逼迫では、その店も一時的にクルマが大行列していたが、それも終わってしばらくして突然閉店してしまったのである。出光石油の系列店で従業員も最盛期には5、6人を抱え、最後はもと店主の息子が継いで従業員はふたりほどになっていた。立地的にはクルマを所有している家は多く、需要はそこそこあったように見えたが、経営的な事情があったのだろう。
いずれにしても、贔屓の店がなくなると、ちょっとした打撃だ。別の店を探さなければならない。ガソリンスタンドはかなり遠くなってしまったが、床屋は以前、つまり40年以上前に行っていた店がまだやっていて、そこに決めた。マスターは高齢だが、若い後継ぎがいるのでまずは安心だ。しかしその区域にはほかに3軒ほどの床屋があって、激戦区らしい。いつまでも安泰という保証はない。
客にとっては、いつまでも同じ店で同じサービスを受けられるのはありがたいことだが、長い年月の間にはそのうち、いつの日かそれも終わる日が来るだろうと薄々感じるようになる。その恐れが、とうとう現実になってしまったのである。日ごろはあまり気にしていない自分自身の年齢や行く末が、一軒の床屋の閉店によって、急に目の前に突きつけられたような出来事であった。
(2016.07.17)