MRJの悲劇 |
前稿の相撲とはまったく違う分野だが、同じように期待を裏切り続けているのが、「MRJ(Mitsubishi Regional Jet)」である。
これは初の国産ジェット旅客機として三菱航空機(三菱重工業の子会社)が2008年から開発・製造を続けてきたもので、2015年11月に華々しく初飛行をした。このときは、かつてのYS-11以来途絶えていた商用旅客機の登場で日本中が大きな期待に沸いたのである。マスコミなども過剰ともいえるような報道ぶりだった。 日本の旅客機製造はYS11の生産終了後、技術の継承もなく日本航空機製造は解散し、設計・製造にかかわった技術者たちは雲散霧消してしまった。それだけにMRJ開発は当然ながら大きな期待を背負っているのである。 しかし、実はこの初飛行に至るまでは順調ではなかった。たびたびの延期を余儀なくされ、当初の2011年初飛行予定から3回目の変更でようやく実現したのである。その後、その機体はアメリカでのFAA型式証明の認証試験を受けに行ったまま一般の報道が途絶えてしまった。 調べてみると、現在合計4機の飛行試験機が認定試験を受けているが、FAA認証に不慣れもあって予期しない時間がかかっているうえ、その間にも不具合による設計変更などがあって、結局、量産機による航空会社への納入開始時期は2020年半ばにまたもやずれ込むという。最初に受注した全日空の25機をはじめ、これまでに7社から407機(確定223機、オプション184機)の受注をしているというが、これらがすべて大幅納入遅れとなる悲劇的事態だ。 なぜこんなことになるのか。 まず意外に思ったのは、初飛行後に主翼の強度が足りないことが判明したという事実だ。素人考えでは、そんなバカな!と思うし、日本の、しかもあのミツビシが作っているのに・・・と首をかしげたくなる。と同時にショックを覚えた。 ところが、それを裏付けるように、三菱重工業の低迷が取りざたされているのだ。大型客船からの撤退による造船部門の縮小や子会社である不祥事を多発した三菱自動車の日産グループ傘下への統合、火力発電設備事業の不振などマイナス要因が目白押しで、さらにMRJ開発の遅れで三菱航空機は債務超過に陥り、重工は支援をしなければならなくなったのだ。かつて銀行・商事とともに三菱グループ内での盟主だった地位もガタ落ちになっているという。要するに三菱重工の劣化が著しいということのようだ。 このような状況とMRJ開発の遅れは無関係ではないだろう。 そんななかで、奇しくも今日6月12日午後に三菱重工のロゴをつけたH2A型ロケット39号機が打ち上げられ、情報収集衛星を軌道に送り込むことに成功した。このロケット事業は国の予算で実行されているために商用航空機と同列に扱えないものの安定的に業績を伸ばしている。 同様の商用機ではホンダがすでに「ホンダジェット」を実用化して小型ジェット旅客機市場トップに躍り出ている。 今後、MRJの2020年半ばの初納入に向けて、ミツビシが頑張って多くの国民の期待に応えられるか、まさに正念場である。 (2018.06.12) |