どん底からの帰還 |
新型コロナウイルス渦中で挙行された大相撲7月場所。本来であれば名古屋場所となるところ、観客数を制限して東京の国技館で行われた。客席も通常4人の升席をひとりにし、マスク着用のうえ声援を禁止して拍手だけで応援するなど、大幅な制約のもとだったがテレビで見る限りは3月の無観客場所よりはだいぶ大相撲の雰囲気が戻っていた。(5月場所は中止) こんな場所に超絶不屈の力士が帰ってきて、しかも劇的な優勝を成し遂げた。それは、2015年の夏場所に関脇で初優勝して大関に昇進した照ノ富士だ。その当時破竹の勢いで駆け上がってきてあっという間に大関になった。インタビューで「すぐ横綱になる」などと豪語していた。しかしその後の九州場所あたりから膝の故障が続いて負けが込み始め、4回のカド番のあと、2017年の春場所でようやく再起をかけるチャンスがやってきた。そのとおり14日目までは1敗と勝ち続けていた。千秋楽の相手は新横綱の稀勢の里だ。その稀勢の里は前場所に続く連続優勝を狙っていた。そして順調に12日目まで全勝で来たものの13日目に横綱日馬富士との対戦で敗れ、しかも大けがをしてしまう。翌14日目にはけがを押して出場するも、横綱鶴竜にあっけなく寄り切られて2敗を喫してしまった。そのうえ千秋楽の相手は調子を上げている照ノ富士だ。稀勢の里は出場するかどうかの瀬戸際だったが出場に踏みきった。優勝するには本割と決定戦の両方で勝たねばならない。結果は稀勢の里が2戦を制して連続優勝を果たした。このときの相撲には奇跡の逆転優勝として日本中が沸きに沸いた。 一方、優勝を阻まれた照ノ富士はその後、膝のケガや病気で急速に力を落とし、17年九州場所には大関を陥落してその後もずるずる番付を下げ、19年春場所にはとうとう序二段まで落ちてしまった。そして7場所かけてこの7月場所に再び幕尻まで戻ってきたのである。まさに地獄を見てきたといってよいだろう。 その照ノ富士が幕内に戻ったとたんに13勝2敗で30場所ぶりの復活優勝を遂げたのだ。相撲史に残る見事な復活である。大関から転落して優勝した力士は1976年秋場所の魁傑以来で昭和以降で2人目。30場所ぶりの優勝は元関脇琴錦の43場所に次ぐブランク記録だそうだ。 優勝インタビューでは、「何度も引退を申し出たが、その都度師匠の伊勢ケ浜親方に「引退は病気を治してから」と諭され、そのとおり治療に専念してきたことが今日につながった」と師匠への感謝を述べた。それは本人自身が言う「イケイケのときに優勝した」5年前とは違った落ち着いた語り口で、人がガラッと変わったように見えた。どん底から這い上がってきた苦労がそのように成長させたのだろう。 いま、大相撲は両横綱がポンコツ状態である。といって、決め手になるような後継がいないのが問題だが、それでも、朝乃山や御嶽海、正代など何人かの候補は出てきている。今回の7月場所ではこれらの力士たちがそれなりに活躍して優勝争いを演じてきた。そこに突如、幕尻から元大関が割り込んできて大波乱となったのだ。来場所からはこの照ノ富士が番付も大幅にあがって俄然面白くなるだろう。これまでも平幕で優勝する例は何度もあった。しかし言い方は悪いがいずれもまぐれで、そのあとはまた平々凡々な相撲になってしまうのが常であった。だが、照ノ富士はちょっと違う。もともとの才能がどん底に落ちて進化し、より強くなって帰ってきたのだ。厄介なヤツが舞い戻ってきたことは間違いないようだ。非常に楽しみである。 (2020.08.03) |