チャイコフスキー (1840~1898)
交響曲第5番ホ短調作品64

チャイコフスキーの交響曲で番号のついたものは6曲ありますが、そのうちよく演奏されるのは第6番「悲愴」をトップに第5、第4の順になるようです。激情的な4番と、暗く、憂鬱な6番の間にはさまったこの5番は捉えどころがないのですが、ちょっと陰鬱な第1楽章から楽章が進むにつれてだんだん明るくなって最終楽章では大いに盛り上がります。メロディーも覚えやすく親しみがあり、個人的には一番好きなチャイコフスキー交響曲です。
作曲は1888年夏で、その年の11月に作曲者自身の指揮のもと、ペテルブルグで初演された後、もう一回ペテルブルグで、さらに12月にプラハで演奏されました。それぞれ聴衆は大喝采だったものの批評家の評価は良くなく、しかもへんなことにチャイコフスキー自身がこの曲を失敗作と思いこんだらしいのです。彼のパトロンであったメック未亡人にあてた手紙の中で自作を散々けなしたあげくに、聴衆の大喝采はそれ以前の作品に対するものであってけっしてこの曲に向けたものではない、などとワケのわからないことを書いていたといわれます。
ところが翌年、ドイツのハンブルグで再び自身の指揮で演奏したときから一転してこんどは、この交響曲を過小評価していたと言い、いまでは以前よりずっと好んでいる、と甥に手紙を送ったとか。なぜこのように激変したのかというと、ドイツの楽団員が練習中にこの曲を大いに褒め、演奏後の評判も良かったためらしいのです。ロシアとボヘミアの聴衆が大喝采を贈ったのに、楽団員と批評家が褒めなかったから失敗作と思いこんだのか、そうとすればチャイコフスキーという人物の神経の細さには驚きます。
たしかにチャイコフスキーの作品の初演は不評なことが多いというのは知られているところです。ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲などはあまりに演奏が難しくて当時のソリストでは演奏できず、そのために酷評されたり、バレエ曲も踊り子や振付師などの不出来が原因だったというように、チャイコフスキー自身の責任ではない場合が多いようです。
そんなことで世間より一歩も二歩も先を行っていたにもかかわらず、チャイコフスキーは自信を持てないようになっていったのかもしれません。
この第5交響曲にも難しいところがあります。第2楽章では12/8拍子と4/4拍子のパートが同時に混在して進行する部分があり、演奏する側にとっては実にイヤなところだと思います。当時のロシアやボヘミアの楽団員たちもついて行けなかったのかもしれません。
しかし、このような先進的な難しい技法はチャイコフスキーの音楽を魅力的なものにしている大きな要素であることは間違いありません。

楽器編成:
フルート3(第3はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、バスーン2、フレンチホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ1、ティンパニ3(1人)、弦楽合奏。

第1楽章 Andante-Allegro con mania
第2楽章 Andante cantabile, con alcuna licenza
第3楽章 Valse:Allegro moderato
第4楽章 Finale:Andante maestoso-Allegro vivace
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