落語はひとりで話をするのであるから、基本的には誰にでも出来る。噺の筋や登場人物のせりふを演じ分ければいいわけで、しゃべるのが得意で器用な人間ならある程度のところまではいく。大学の落研(おちけん)などにはそうした落語家予備軍みたいなのがたくさんいる。

しかし、職業として噺をしてお金をもらうというのはそう生易しいものではない。役者や芸能の世界はなんであれ、それなりに厳しい修行と経験を積まなければならない、実力の世界であるからだ。そのため、大体において下積み時代がある。この時代に基本的なことを身をもって覚え、師匠や先輩たちの芸を見聞きしながら修行する。この時代が後々の芸の土台を作ってゆく。噺家の場合は前座がそれにあたる。師匠の家に住み込んだり、通いながら掃除やら、師匠の身の回りのせわをするなかで、噺だけでなく噺家としての基本を覚えるわけである。寄席では雑用をしながら楽屋や舞台の袖で先輩の噺を聴いて芸を盗むくらいの熱意がなければ大成しない。
そののち、二ツ目、真打と昇進できるが、昇進の判定の多くは寄席の経営者である席亭や噺家幹部の推薦にもとづいて、所属する団体(落語協会や落語芸術協会など)が最終的に認定するという。昇進の判定には主観が大きくはいりこむはずで、なかには情実がらみなども、なきにしもあらずだろう。

それはともかく、めでたく真打になったからといって終わりではない。むしろそれからが噺家としての力量を試され、厳しい世間の目に晒されるのである。落語の世界はとにかく真打にならなければ評価されない。二ツ目で名を残すなどということはない。ところが、たとえば落語協会だけでも真打は140人もいる。階級では全員同じである。このなかから頭角を現わし、実力者と認められるようになるには大変なことだろう。それだけに、これまでに落語界が輩出した名人たちはいずれも並外れた個性と実力の持ち主ばかりである。だいたいが個性的な人間の集まりとされているなかから、これらの名人たちはさらに強烈な個性を発揮して、ほかとは違うことを主張してきたのである。つまり、これができなければたとえ真打であっても売れないし、名を残すことは出来ないのである。

世界は違うが、相撲などでは必ずしも横綱や大関にならなくても名力士といわれた人はたくさんいる。横綱は絶対的に強い力士だけに与えられる最高位の地位であるから、一度に10人も20人もの横綱がひしめくなどということはありえない。多くてもせいぜい五横綱くらいだろう。それに相撲は年齢に関係なく、強い弱いは誰が見てもわかる。実力の判定は非常に客観的である。

一方、落語界ではその実力判定は多分に主観的である。話術の上手い、下手だけでは判断のつかないところが多く、聴く人、見る人によって評価が分かれることも多い。たとえば、「噺はうまいが、味がない」とか、逆に「噺はうまくないが枯れた味がある」などといった評価が下される。そこには「技能だけでなく、心に残るなにか」を求める日本人特有の美学があるように思う。つまり、古来より日本人は「どうだ!俺は上手いだろう」というように押し出してくる芸人よりも、内面性豊かな芸人に拍手を送る傾向にある。その内面性というものの多くは年をとるにつれて自然とでてくる、年期がはいった、とか円熟した、枯れた、といった類のものである。とくに落語にはこれが顕著である。これは芸人の個性そのものであって、これが芸風である。この芸風によって同じ噺をやっても噺家で違う味となるのが落語の大きな魅力である。つまり、志ん生の「らくだ」、可楽の「らくだ」、小さんの「らくだ」はそれぞれ固有のものであって、聴き手によって好き嫌いはあるにしても甲乙つけがたい。

落語は大体が古い噺なので、時代を知らない人にはなかなか真迫力をもって話すのは難しい。このように考えると、どうしてもある程度年齢を重ねていかないといけない。したがって、そのような噺家たちがいなくなれば古い噺は同時に消えて行くのと同じである。しかし、ありがたいことに多くの録音や録画が残されている。落語はレコードが日本にはいってきたときには、まっさきにその対象になったという。おかげでいま往年の名人たちの噺がいつでも聴けるのである。

はっきり言って、いま若手の噺家がやっている、いわゆる古典落語は面白くない。それはかつての名人たちの珠玉のような噺を知っている者のたわごとかもしれないが、この先、本物の古典落語は録音、録画されたものでしか楽しめなくなるのは確実だろう。(2006.05.21)