さきごろ、日本の芸能を代表する歌舞伎と落語の世界で大名跡の襲名が相次いだ。十八代目中村勘三郎(勘九郎改め)と九代林家正蔵(こぶ平改め)である。これからこの人たちが先代、先々代の名を汚さないようにするのはたいへんなことだろう。

歌舞伎や落語などでは、必ずしも世襲ということではなく、実力が伴わなければその名跡を引き継ぐことはない。
芸能の世界は芸そのものを磨き、観衆の認めるところまで昇らねばならない。ここでは常にフェアである。つまらないものは評価されないし、容赦なく捨てられる。個人の問題だけにとどまっているうちはいいが、名跡を背負っているとこれは違ってくる。先代、先々代が偉大であればあるほど名跡は重みを増す。この名跡にふさわしい芸の幅や高みに到達し、さらに上を目指すのは並大抵ではない。それができなければ失格となり、末代まで後ろ指を指されることになる。だから、襲名にはよほどの覚悟がいる。それほど厳しい世界であるが、このような重圧に耐えかねて落ちこぼれる者や、みずから命を絶つ例もあると聞く。
襲名にはいろいろな行事があって、当の本人はその場その場で決意を表明するが、こうすることで退路を断つ意味合いもあるのかもしれない。

歌舞伎と落語はもともと江戸時代から続く庶民の芸能であるが、性格的には対照的である。歌舞伎は大掛かりな舞台で大勢の役者、お囃子による芝居である。見た目にも華やかだし、その世界は梨園などといわれ、当時から一種の上流社会だった。

一方、落語は噺家(はなしか)一人が高座の座布団の上にすわったまま話術と動作で、町人、侍、百姓など何人もの人物を演じ分ける。道具はてぬぐいと扇子だけである。これでいろいろなものを表現する、抽象的で静的な世界である。話芸であるから当然聞く芸能である。ラジオで聞いて噺家の表情は見えなくてもことばから情景が想像できる。

落語家の世界といえば、多くは師匠のもとで厳しい修行をしながらたたき上げて這い上がる世界である。その生活は決して楽とはいえない。昔から、質素、貧乏などが落語家世界の象徴だった感があり、それはいまでも変わっていない。しかし、そんななかから大成した噺家の芸というものはなんとも味のあるもので、落語が日本ならではの芸能であり、日本人にしかわからない芸能であることを実感させてくれる。

落語の舞台はいきいきとした庶民の世界である。ほとんどは江戸中期以降から昭和初期くらいにかけての町人の世界を描いている。主役は町人であり、江戸時代の為政者であった武士階級はここでは脇役である。しかし、武士に真っ向から敵対するようなことではなく、侍を「りゃんこ」とか「二本ざし」などと呼んでむしろ身近な存在として描いている。そのため、噺に登場する殿様や侍たちは実に愛すべき存在である。落語は講談と違って状況説明が少ない。ほとんどが登場人物の会話で噺が進んでゆく。会話の中でその人物の職業や、性格などがわかり、さらに時代背景なども登場人物の会話の中で、そこはかとなくわかるように演じなければならない。非常に奥の深い芸能なのである。

このように、落語は日本独特の話芸であり、その真髄や雰囲気を日本人以外に伝えるのは難しい。それは、ことばだけで昔の町人の生活を想像するには日本人の生活習慣を知らなければ無理だからである。ひところ、英語で落語をやる噺家がいたが、なにを伝えようとしたのだろう。ストーリーだけであれば落語の話は単純で、なんてことはない話が多い。ストーリーが進んでゆくなかでの会話の面白さが落語の真骨頂である。それも落語独特の言い回しや落ちなど日本語でなければ表現できないところも多い。ちゃんと聞いたことがなくて言うのは申し訳ないが、英語の落語は無理というものである。挑戦する心意気は買うが、おそらくそれは落語ではない。

外国人に落語をわからせようとするのは難しいとしても、最近の若者に落語の面白さが理解できない者が増えているのは由々しきことである。ことばがどんどん変わってしまって、落語の常用語が死語になってしまったことや、生活環境も変わって話の内容が理解しにくくなってきたこと、さらに笑いの質が変わってきていることが大きな理由だろう。落語は笑いが中心であるが、お笑い芸人の世界ではない。皮相的なその場限りのお笑いは芸ではなく、その演者が笑われているだけである。テレビなどのせいでこのことを勘違いしてしまっている向きが多い。

ここ数年の間に大物の噺家が相次いで鬼籍にはいってしまった。今後この世界がどのようになるのかわからない。しかし、ありがたいことに昔から落語は録音が数多く残されている。また、落語全集などの読み物も多い。われわれ愛好者はこれらを支えにするしかないが、落語界の灯を絶やしてはならない。ここはぜひ九代林家正蔵師にがんばってもらうしかないだろう。(2005.05.29)