修二会(お水取り)
東大寺の修二会(しゅにえ)はおよそ1200年間途絶えることなく続けられている行法である。この行法は東大寺の二月堂の本尊、十一面観音に、僧侶たちが世の中の罪を一身に背負い、代苦者、すなわち一般の人々に代わって苦行を引き受ける者となり、苦行を実践し、国家安泰等を祈る祈願法要である。俗に「お水取り」といわれ、もともとは旧暦の2月1日から2月14日まで行われていた行事で、2月に修する法会として「修二会」という。現在は太陽暦を採用して、1月1日から3月14日まで二月堂で行なわれている。お水取りといわれるのは、二月堂内で行われる11人の選ばれた僧侶(練行衆という)の諸行満願の日である3月12日の真夜中、すなわち13日の早朝、3時頃に行なわれる行事に由来する。二月堂下の閼伽井屋(あかいや;若狭井戸)から本尊にお供えする香水(こうずい)を汲み上げるための行法を「お水取り」という。この水は「若水」と呼ばれ、若狭国鵜瀬の地(福井県小浜市)から送られ、地中を通ってここ東大寺の閼伽井屋に湧き出すという伝説に基づいている。実際、水を送り出す「お水送り」の儀式が毎年3月2日に鵜瀬の神宮寺で行われるという。
この行法では期間中、毎晩10本(12日は11本)の篭松明が二月堂の舞台上を次々に駆け抜けるという、きわめて豪壮な見せ場があり、毎年大勢の見物人が押しかける。そして、このお水取りが終わると奈良に春が来る。

東大寺のお水取りは一度は見に来たいとかねがね思っていたが、なかなか機会がなかった。しかし、ことし(2006)は早くから計画したお蔭で訪れることができた。3月12日の最後の日は大変な混雑と聞いていたので、10日の夜のお松明を見ることにして昼前に奈良に到着し、興福寺や東大寺大仏殿などを巡拝しながら二月堂の下見をした。堂の周辺は観客整理のための竹柵が作られ、報道関係の撮影場所や警察の警備本部などが設けられていてものものしい。今夜の主役の篭松明はすでに準備されていて、二月堂に続く階段下に立てかけられて待機している。

お松明は午後7時から始まるが1時間前には人でいっぱいになるという情報もあり、いったんホテルにもどってチェックイン後、カメラをもって再度二月堂に向かった。あいにくの小雨模様で傘をささねばならない。しかし、夕暮れの二月堂への道はしっとりとして静かでいい雰囲気である。

二月堂が見えるところまで来るとカメラを三脚を設置して準備怠りない同好の士たちが増えてくる。二月堂下では三脚が禁止されているので、かなり遠くから望遠レンズで狙うらしい。二月堂に近づくにつれて人がどんどん増えてくる。そしてお堂の下にくると、もうそこは傘で埋め尽くされていた。まだ5時半である。撮影に最適と思われるところはすでに占拠されていて、もぐりこむのは難しそうである。一応の場所を決めて、さあこれからどうしよう。まだ1時間半もある。といって動くわけにいかない。傘の下でひたすら待つことになった。周りの人たちも意外に静かでじっと辛抱強く立ち尽くしている。お堂のなかの練行衆の苦行に比べれば、これくらいはなんでもない、と思い直して待つ。小雨は降ったり止んだりして、ときどき雲が薄れて月明かりがぼんやり見えたりする。時計を見るがいくらも経っていない。こういうときの5分、10分はやたら長い。ときどき奈良警察が警備上の諸注意を呼びかけるのが、単調さを破る。

それでも、どうにかこうにか我慢してやっとそのときが来た。左側にある階段をいきなり小さな火(ちょろ松明というらしい)が駆け上がってゆく。上まで行ったかと思うと降りてくる。これが3回繰り返されたあと、周囲の照明が消されて真っ暗闇になる。いよいよ一番松明が点火されて階段を駆け上がってきた。階段のてっぺん、二月堂の舞台の左端で、松明を大きく振ると焔がパアーッと吹き上がる。観衆が歓声をあげる。ところが残念なことに大きな杉の木(あとでわかったことだが、「良弁杉」だった)があってここからはよく見えない。2、3回同じようなことをやったあと、いよいよ左(北)から右(南)端に向かって、松明を捧げもった練行僧が走り出す。焔は大きく尾を引き、火の粉が降りそそぐ。右端に到達すると欄干から竿を突き出して、ぐるぐる回すと火の粉ばかりか火の塊が落下する。よく火事にならないものだと感心するが、過去にやはり火事になったことがあるそうである。舞台の真下にいる人はまともに火の粉を浴びる。浴びることでご利益があるといってがんばるが、実際には熱いので防火対策をするらしい。

このようにして、だいたい2分おきくらいに10本の松明が駆け抜けて、約20分間であっけなく終わった。最後の一本が終わると観衆から拍手が起こった。そしてぞろぞろと人波が南大門のほうに向かって動き出した。気がつくと雨はほとんど上がっていた。初めて見たお水取りは聞きしに勝る迫力と感動に満ちていた。(2006.03.10)
松明が駆け上がる階段 階段下に準備された篭松明
お松明開始1時間半前 すでに傘でいっぱいになっている 張り出した舞台の上を左から右に松明が走る
階段を駆け上がる一番松明
火の粉が降りそそぎ、火の塊が落下する
紅蓮の焔が松明を捧げもって走る練行僧を赤々と照らす
お堂が火に包まれる
舞台の東端から突き出された松明から火の粉が容赦なく降りそそぐ

ここで一句・・・大舞台焔駆け抜け春呼べり(おおぶたい ほのおかけぬけ はるよべり)