新旧電車の競演
このところ東京の大手私鉄では新型車両の導入が相次いでいる。いずれも旧型車両の置き換えが目的である。鉄道車両の税制上の耐用年数は電車の場合で13年だが、実際の使用年数は一般に20~30年とされている。しかし最近は早めに更新する例も多く、とくにJR東日本の主要路線の通勤型車両では15年くらいのサイクルで、しかも2,3年ですべての車両を置き換えている。置き換えの期間中、新旧の車両が混在して走る姿が見られる。多くの場合は、全体の編成数は決まっているため、新型が増えればその数だけ旧型が減ってゆく。引退した旧型車両はそのまま廃車・解体となるか、自社内のほかの路線に移籍となるか、あるいは他社に譲渡されて新しい天地で活躍することもある。このような旧型車の行く末もまた気になるところだが、多くは公表されないので動向を探ることは難しい。地方私鉄に譲渡されるような場合には、現地での報道で初めて明らかになるが、一般には廃車回送や甲種輸送、さらには解体現場での目撃情報などに頼る以外にはなく、信憑性が低いものも多い。
このような新旧の電車が多く見られる場所として、東武伊勢崎線(スカイツリー線)沿線があげられる。とくに北千住駅以遠では北越谷駅までの18.9kmの区間は私鉄最長の複々線が続く。そこを東武鉄道の電車だけでなく伊勢崎線と相互直通乗り入れしている日比谷線と半蔵門線の東京メトロおよび東急電鉄の電車が頻繁に往来している。それが、たまたま3社とも新型車両を導入したために今現在、新旧の電車たちでいっそう賑わっているのである。このような代替わりの時期では旧型車両は急速に引退してゆくので、ここでもあと2年ばかりで旧型車はいなくなってしまうのだろう。そこで、いまのうちに新旧電車の競演を撮っておこうと、伊勢崎線の堀切駅から小菅駅間をめぐってきた。(2018.12.02)
東武鉄道特急型電車

500系特急型電車(堀切駅)
2017年4月に営業運転を開始した最新鋭の車両。3両編成8本(24両)の陣容で併合・分割機能を生かして複数線区運用に特化しており、「リバティ」の愛称をつけている。東武日光線・鬼怒川線系統の「リバティけごん」・「リバティきぬ」、野岩鉄道・会津鉄道直通特急「リバティ会津」、伊勢崎線系統の「リバティりょうもう」に加え、これまで特急運転のなかった野田線にも「アーバンパークライナー」として使用され、さらに浅草-春日部間の近距離特急「スカイツリーライナー」として使用されるなど多岐にわたっている。今後、この車両は増備されるという東武鉄道側の表明もあり、東武特急の主力となることは間違いのないところだろう。

100系特急型電車「スペーシア」(小菅駅)
1990年6月に営業運転開始。6両編成9本(54両)。日光線・鬼怒川線系統の特急「けごん」・「きぬ」のほか、伊勢崎線系統の特急「スカイツリーライナー」にも使用される。また、JR新宿駅から東武日光駅・鬼怒川温泉駅への直通特急「スペーシアきぬがわ」・「スペーシア日光」にも使用されている。この車両は車齢28年となり、そろそろ次の世代の車両が待たれるところだ。

200系特急型電車(小菅駅)
1991年2月に運用開始。1998年2月までに6両編成10本が製造されたが、第10編成は当時の先進技術を採用した主要機器(主制御器・主電動機など)を搭載した250系となっている。ほとんどが伊勢崎線・桐生線・佐野線系統の特急「りょうもう」として使用されている。この車両も車齢20年以上だが、後継車両は未定。
東急電鉄8500系・2020系

8500系 8629編成(小菅駅)
1975年に登場し当初は東横線の急行などに充てられたが、1979年から田園都市線-新玉川線-半蔵門線直通用として増備され、1991年までに400両が製造されて東急電鉄内の最大勢力となった。その後、2002年より新5000系の投入で置き換えが進み、2018年3月現在では280両の8500系が在籍している。このうちの230両(23編成)が相互直通運転に就いている。これらの実質後継車両が2020系ということになる。
8500系は20年にわたって増備され続けたが、初期の車両が登場して43年、最終増備の車両でもすでに27年の車齢となっている。引退した車両は譲渡されたものもあり、長野電鉄(20両)、伊豆急行(1両)、秩父鉄道(8両)など国内の私鉄のほか、インドネシアにも8両編成8本(64両)が譲渡されている。
小菅駅急行線を通過する
8500系8616F
8M2T編成のモーター音が
”爆音”と揶揄されている

2020系 2123編成(小菅駅)
2018年3月から営業運転を開始した。
元東急車輌の総合車両製作所(JTREC)による製造で、車体構造は同社と東急電鉄が共同開発したSustina(次世代オールステンレス車両)である。同じくSustinaのJR東日本のE235系と基本設計や主要機器を共通化しているという。2020系と同系列として製造された6020系が大井町線に投入されている。
2020系は12月現在で9編成(90両)が投入されている。今後さらに増備が行われて順次8500系を置き換えてゆくことになるが、400両という大量の8500系を5000系だけでは足りず、2020系の登場でようやく置き換えを達成することになる。
東武伊勢崎線には東急からの直通運転として5000系も乗り入れており、当面は東急3系列が走ることになる。
東武鉄道20000系・70000系

20000系 21807編成(小菅駅)
日比谷線乗り入れの2000系を継ぐ2代目として初期型の20000型が1988年3月に運行を開始した。その後1997年までにマイナーチェンジを施した20050型・20070型を含めて、8両編成24本(192両)が投入された。日比谷線乗り入れ用のため18m級車体で、20000型の扉配置は3扉だが、ラッシュ時の混雑緩和のために20050型は8両編成の前後各2両を5扉車、20070型は両端から2両目の各1両を5扉とする変則的な扉配置としている。また、制御装置にも違いがあり、20000型はチョッパ制御、20050/70型はVVVFインバーター制御となっている。2017年度から後継の70000系導入で余剰となる20000系の取扱いについて、東武鉄道では4両編成に改造し、22編成88両の新系列20400型として東武宇都宮線に配属することを発表している。それでも余剰車両の半数にも満たない。老朽化の進んだ車両は廃車解体となるのだろうが、まだまだ20000系の行く末には目が離せない。

70000系 71709編成(小菅駅)
20000系の後継として、2017年7月に営業運転を開始し、17年度7両編成10本(70両)を導入し、2019年度にかけて全22編成(154両)を導入するという。20000系と大きく異なる点は車体長が20mとなったことである。日比谷線内では半径200mを切るカーブが多く専用の18m級車両で対応してきたが、最近の詳細な調べで20m級車両でも問題がないことがわかり、東京メトロ・東武鉄道ともに車両更新を機に20m級車両の導入に踏み切ったものである。これに伴い1編成が7両となった。同時期に東京メトロの13000系も導入されたが、70000系は13000系と基本設計を共通化しており、製造も近畿車両に統一している。70000系導入により伊勢崎線・日光線系統はすべて20m級車両となり、20000系の置き換え終了後にはホームドア設置を行うという。
関連ページ
東京メトロ03系・13000系

03系 03 106編成(小菅駅)
日比谷線用の3000系の後継として1988年に営業運転開始。1994年までに8両編成42本(336両)が投入された。そのうち20編成が全車3扉車で、22編成は東武20050型と同様の5扉車混成仕様となっている。日比谷線と東武伊勢崎線・東急東横線との相互乗り入れは、いわゆる2社間乗り入れで、東武と東急の電車は相互に乗り入れをしない方式である。そのため、日比谷線の電車も東武・東急のどちらかにしかはいれず、東急発は北千住駅、東武発は中目黒駅で折り返していたのである。相互直通全盛の現在から見るときわめて変則的だが、当時の諸事情からこうなったという。しかし2013年3月に東京メトロ副都心線と東急東横線の相互直通運転が開始されて、東横線と日比谷線の相互乗り入れは終了した。これにより、03系車両は相当数余剰となったのではないかと推測する。その直後に日比谷線からの乗り入れを日光線の南栗橋駅まで延伸したのはその対策かもしれない。しかし03系の引退はこれから本格的に始まると思われる。すでに30編成近くが廃車回送され、解体になった編成もあるなかで、地方私鉄に譲渡されるという話もちらほら流れており、熊本電鉄に2両編成3本が行くという情報もある。
日比谷線乗り入れ終了で、一方の東急電鉄でも乗り入れ用の1000系7本(56両)が一時”失職”してJTRECの構内に留置されていた時期があった(関連ページ)。現在、編成を短縮しリニューアルするなどで1500系として21両が東急池上線・多摩川線で活躍しているほか、中間車を先頭車改造する形で一畑電車(6両)・上田電鉄(2両)・福島交通(14両)に譲渡されている。

13000系 13110編成(小菅駅)
03系の後継として2017年3月に運用開始。2019年度にかけて03系のすべてを置き換える予定となっている。2018年12月現在で、すでに29編成が投入されている。03系との大きな違いは車体長20mの7両編成となったことである。日比谷線は半径200mを切るような急カーブが多いために車体長18mの車両が使われてきた。乗り入れ相手の東武伊勢崎線では半蔵門線からの乗り入れも含めて20m車に統一され、18m車は日比谷線だけのために存在している状態である。さらに18m車は3扉車のほかに5扉車もあって20m車の4扉も合わせるとドア位置が3種類となり東武側としてはホームドアの設置が困難となっていた。20m車化の懸念は地下区間の急カーブで車体がトンネル壁に接触するのではないか、ということだったが詳細に測定したところ問題ないという結論になったという。その結果を受けて、東京メトロと東武鉄道では、03系と20000系の更新時期に合わせ車体長20m車の導入について協議し、新型車両の製造にあたって設計段階からの仕様共通化を合意した。これに基づいて登場したのが、13000系と70000系である。車体長を20mにすることで1編成は現行ホームの延長をしなくてもすむ7両(140m)となった。
ところで、日比谷線の建設にあたって、18m車にするか20m車にするかをめぐって当時の営団と東武・東急の3社間でモメたという話はよく知られている。当時の私鉄では18m車がほとんどだったが、東武は20m車で先行していたため、将来を見越して20m車採用を主張したが、営団と東急は反対して18m車に決まったというのだ。営団は急カーブが多いと主張し、一方の東急は(私見だが)日比谷線直通用の18m車(7000系)を新造していたことから反対にまわったのではないかと勘ぐっている。当時の東急にとって日本初のオールステンレス車である7000系が最優先で20m車を導入する余地はなかったのだろう。因みに東急初の20m車である8000系が営業運転を開始したのは1969年のことだった。
それが50年も経ったいま、20m車でもOKと言い出したのは奇妙なことだ。確かに細密に計測した結果もあるだろうが、それだけではなく車両にある仕掛けを施すことで、20m車でも急カーブを曲がれるめどがついたからだろう。その仕掛けというのは「操舵台車」というものだ。これは、2軸の車輪のうち1軸をカーブの中心に向くように自在にしておくことで、車輪のフランジとレールの摩擦抵抗を減らすとともに小回りが利くようにした台車である。この台車は東京メトロとメーカーの共同開発によるもので、東京メトロと東武双方の新型車に採用することで”20m問題”を解決したのだと考える。
関連ページ
東京メトロ8000系・08系

8000系 8102編成(小菅駅)
1981年4月に営業運転開始。10両編成19本(190両)が鷺沼検車区に在籍。第1編成は1980年製で車齢38年になるが全編成が現役である。そろそろ後継が待たれるころだが、共に乗り入れしている08系は後継ではないと思われるので、新系列の”18000系”として登場するかもしれない。

08系 08 106編成(堀切駅)
2003年3月19日半蔵門線の水天宮前-押上間の開業と東武伊勢崎線・日光線との相互直通運転開始により増加した必要編成数に伴って10両編成6本(60両)が投入された。したがって、増備の位置づけであって8000系の後継ではない。まだ車齢15年ほどなのでまだ当面は走り続けるだろう。
東武50050系・10030系

50050系 51052編成(堀切)
半蔵門線・田園都市線乗り入れ用として2006年3月営業運転開始。10両編成18本(180両)が在籍。車齢はまだ若く後継は取りざたされていない。

10030系50番台 11659編成(堀切)
この系列を含む10000系は1983年から1996年にかけて3系列合わせて486両(10000系118両、10030系364両、10080系4両)が製造され、伊勢崎線・日光線系統のほか東上線・野田線で運用されている。 地下鉄乗り入れは行わない。
鉄道総合ページ: 「鉄道少年のなれの果て」